平健太の受難



私には今、とてもお気に入りの子がいる。
私と目が合うと照れながらも笑顔を返してくれるクラスメイト。名前は平…たいら、なんだっけ?みんな平くんとかタイラーって呼ぶからそれで覚えた。

彼はどこにでもいるような普通の男の子。
琉夏くんやコウくんみたいに目立つ存在でもないし、嵐くんみたいに何かに一生懸命打ち込んでいるわけでもない。どこをとっても平均で、そして彼自身平凡であることを望んでいるみたいだった。

「平くん」
「え、わ、な、なに?」

私が声を掛けるといつも、こんな風に驚いて顔を赤くしてる。うん、バレバレだよね。こんなに分かりやすく好いていてくれることを表す子もなかなかいないと思う。確かに平均で平凡かもしれないけど、なんだか無性に構いたくなる。天然装って近付いてみたり、必要以上に触れてみたり。
そうするたびに彼の友達が冷やかしに来る。それをあしらいつつもこちらの様子を窺う平くん。うーん、楽しい。

「今帰り?よかったら一緒に…」
「いたいたみなこちゃん、匿って!!」

下駄箱の前でお友達と一緒にいるタイミングを見計らって声をかける。わざわざ人がいるところで声をかける私も大概性格悪いと思うけど、反応が楽しくてついやってしまう。
今回も彼らの反応を楽しもうと思って声をかけたら、途中で走ってきた琉夏くんに遮られてしまった。私の肩を掴んで背中に隠れるけど、どんなに身体を縮こませても全く隠れきれていない。

「琉夏くん、どうしたの?」
「修学旅行で買ったアレ、忘れててさ。今朝コウの背中に貼ったのが今バレた」
「え、あのステッカー?」

修学旅行に行ったのって、もう去年の話だよね。四ヶ月も忘れてたんだ、琉夏くん。
呆れていると、廊下の方から物凄い勢いでコウくんが走ってきた。そのまま私の背中に隠れている(つもりでいる)琉夏くんを見つけると、ぐっと私の手を掴んで琉夏くんから引き剥がされた。それを阻止しようと再び琉夏くんが私の肩を掴んで引き寄せる。
完全に私を挟んだ状態で、兄弟喧嘩が始まってしまった。

「ルカぁ!!テメェふざけたことしてんじゃねぇぞ!」
「こえー。助けてみなこちゃん」
「ええ…?」

このガチギレしてるコウくんを、今ここで止めるの?できないことはないけど、手段を選ばないのでできればここでしたくない。ほら、平くんもクラスメイトも吃驚して見てるよ。

「小波、どけ」
「こ、コウくん落ち着いて?」
「落ち着いてられっか。こんなふざけたもん貼りやがって」
「一日中気付かなかったんだよ、コウ。バカだよね」
「テメェが言うな!!」

ああもう。がんがん火に油を注ぐ琉夏くんと注がれるだけ加熱するコウくんじゃ、殴り合いでもしない限り喧嘩は収まらない気がする。覚悟を決めてコウくんに向き直って怒りを静めようとしたら、突然横から引っ張り出された。

「わっ」
「ア?!」
「ん?」

三人のそれぞれの声が重なる。引っ張られてよろけた身体を支えてくれた人を見上げると、そこにいたのは平くんだった。

「だ、大丈夫?小波さん」
「うん、へいき…」

吃驚した。目立ちたくないと言っていた平くんが、あの二人に挟まれてる私を助け出すなんて思ってなかった。実際今、下駄箱にいる全ての生徒から注目を浴びている。

「何だ、テメェ」

ぎろり、と効果音がつきそうなほどに睨みつけるコウくんに、たじろきながらも気丈に見返す平くん。私を支えながらコウくんを見つめているけど、見ようによっては盾にされている感も否めない。

「や、やめなよ。小波さん、困ってるだろ」
「ん?あれ、パンの人だ」
「あ?…ああ、オマエか…」

琉夏くんが平くんに気付いて指をさす。
そう言えば、お腹すかせた琉夏くんに平くんが餌付け…もといお恵みしたことあったっけ。食べ物の恨みは恐ろしいとは聞いたことはあるけど、その逆もまたしかりみたい。
平くんがあの時の恩人だと気付いた琉夏くんとコウくんが、急に大人しくなった。なんだろう、平くんって癒しオーラでもあるのかな。それともやっぱり食べ物パワー?

「何、今から二人で帰るの?」
「え?」
「あ、うん、一緒に帰ろ?平くん」
「え、ええ?!」
「…ダメ?用事あった?」
「や、大丈夫!!」
「良かった」

慌てながらも承諾してくれた平くんに微笑むと、やっぱり真っ赤になって顔をそらす。…可愛いなあ。
それじゃあ行こうと歩きだすと、当然とばかりに琉夏くんとコウくんがついてきた。

「あ、あの…」
「ん?一緒に帰るんでしょ?」
「そ、そうですけど」
「気にすんな。同じ方向に行くだけだ」

気にすんなって言っても無理だよね。私と並んで歩く平くんの後ろに、琉夏くんとコウくんが続く。めちゃくちゃ注目集めてるよ。やっぱり命の恩人でも、二人っきりにはしてくれないらしい。愛されてるなあ、私。
…じゃなくて。
こんなふうにいつも二人が牽制するから、なかなか男の子の友達ができない。気にしないでいてくれる嵐くんとか旬平くんとかはともかく、クラスメイトにもこんな感じだから参るよね。
すっかり委縮してしまっている平くんは、後ろが気になって仕方がない様子でそわそわしてしまっている。そうだ、イイこと…いやワルいこと?思いついた。

「平くん、さっきは有難う」
「いや、そんな…」
「今度は、ちゃんと二人で帰ろうね?」
「わ、う、うん、是非!」

手を握って微笑みかける。
途端にぼん、と真っ赤になる平くん。今日だけで何回顔を赤くしただろう、必死に頷く姿が凄く可愛い。
案の定目敏い琉夏くんたちにすぐに引き剥がされてしまったけど、約束を取りつけられただけでもとりあえずは十分かな。

「…コウ、思わぬ伏兵が現れたね」
「ああ、要注意だな」

そんな風に琉夏くんとコウくんが話していたなんて、浮かれている平くんの耳には届いていないようで。
けしかけておいてなんだけど、私はこっそり平くんに向かって合掌をした。




101015

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