標本コレクション



がちゃがちゃと煩く鳴り響いているのは、鎖の音。
必死に手を動かしているが、太くて頑丈な鎖に革のベルトでできた手錠が簡単に外れるわけがない。そんなに腕を引っ張ったら手首が切れてしまいそうだ。ベルトが擦れて赤くなっている。やっぱり手錠をつける前にリストバンドをすればよかっただろうかと思うが、それだと外れ易くなってしまうのでいけない。

「…ねえ。本当は、僕は君に傷をつけたくはないんだ。ちょっと大人しくしていてくれないかい?」

髪を掴んで顔を上げさせる。
いつもは不安そうに揺れる瞳が、今日は少しきつく吊り上げられている。
ぞくぞくと背筋をのぼる快感に口元が歪む。抵抗されるのも悪くないな、その生意気な目を見つめていると泣かせたくなる。
僕が何を考えているのかを悟った君は、急に眉尻を下げた。
今更怯えても遅いよ。

「…外してください」
「どうして?いつもは大人しく従ってくれてたじゃないか」

顔を近づけて囁くと、苦々しく歪む顔。
今までの行動を後悔しているのだろうか。そんなはずはない。一年以上僕に弄られてきた彼女が、その快感を覚えるのは早かっただろう。ぐり、と股を足で蹴り上げると、彼女の身体が大げさに跳ねた。

鎖で吊るされた両手に、膝立ちの状態で僕を見上げる彼女。
鎖の長さは独占欲を表すと、何かで聞いたことがある。短ければ短いほど、独占欲は強く深い。今彼女を繋いでいる鎖は両端を手首のベルトに繋げて折り返し、壁に打ち付けてあるフックに固定してあるので全長2メートルはあるだろう。しかし、壁からは一歩も離れられないようになっている。
ぴん、と伸ばした両腕に、膝立ちの足に細長い棒を括りつけて閉じれないように固定する。
まるで壁に貼り付けられた蝶のようだ。

「ほら、もうこんなに濡れてる」

足の指で陰唇をかき回すと、どろどろと流れ出る愛液。
可愛らしい服装はそのまま、下着だけを取り払った彼女の股間はスカートに隠れて見えなかったが、どうなっているかは分かりきっていた。

「…ひっ、や、だあっ!」
「痛い?それとも、気持ち良かったりする?」

高めに足を上げ、爪先を出来るだけそらして抉るように親指で乱暴に引っ掻く。
顔を背け、痛みと快感に耐える彼女は本当に愛しいが、最近は少し反抗的になってきた。先ほどのように睨み付けるような目に、我慢しなさいと言っても聞かずに自らを慰める手。そろりと僕のペニスに手を伸ばし、早く入れてとせがむ。
積極的な彼女も嫌ではないが、恥じらいが急激に薄れているような気がした。ここ数日で急激に淫らになってゆく彼女は、蛹から蝶へと脱皮してゆくようだった。

突然訪れた彼女の変化に、僕は馬鹿みたいに動揺してしまった。今までの経緯を思えばそうなってもおかしくないような変化なのだが、言動や表情以外に、彼女が纏っている空気ががらりと変わってしまったように感じていた。

「んあっ…だめ、やめて…っ」
「…本当に嫌?」

僕の質問に必死に頷く。
どうだろうか、にわかに信じがたい。太ももを伝う愛液が悦んでいる証拠じゃないか。一度足を引き、彼女に目線を合わせる。涙で濡れた瞳に屈服した男はどれだけいただろう。その顔で、声で、仕草で、何人の男を惑わしてきた?
そしてその行為は、今も続けられていることを僕は知っている。

「君さ、桜井琉夏に会っていたよね」
「それはっ…お、幼馴染、ですし」

珍しく日曜に用事があると言った彼女が、たまたま駅前を歩いているのを見つけた。楽しそうに彼女が笑顔を向けた先には、在学時代に手を焼かせられたあの桜井兄弟の弟の姿。
笑いながら手を繋いで歩いている様子は、まさに美男美女カップルで。二人の華やかさに、急に惨めな気持ちにさせられた。

ただ、並んで歩いていただけ。たったそれだけなのに、僕が積み上げてきた脆い一年間が一気に崩れ落ちる音を聞いた。

「わざわざ二人で会って何してたの?夜に電話したけど、出なかったよね。桜井琉夏とヤったりした?きっと彼は君にはすごく優しいんだろうね。…僕と違って」

覚えている。
この感情は、一年以上前のものと同じだ。
誰にでも愛想を振りまく彼女に対して感じたもの、あの焦燥感と全く同じ。いや、それ以上かもしれない。今彼女は名実ともに僕のものとなった。傍にいるという事実に安心できるはずなのに、突然誰かに攫われてしまうのではないかという恐怖は、昔以上に感じていた。

傍らに置いてあった鋏を掴む。彼女が着ている可愛らしいフリルの付いた淡い色合いのシャツに鋏をいれ、縦一直線に切ってゆく。チャキチャキと刃が動くたび顔を青ざめて唇をかみ締める彼女。やはりすぐ近くに刃物があるのは恐ろしいらしく、ぎゅう、と目を瞑った。
やがて鋏は襟まで到達してはだけ、白い肌と桃色の下着が露わになった。

「終わったよ」
「………っ」

恐怖から声も出なくなってしまったのだろうか。それとも、お気に入りの服を切られたことに憤慨しているのかもしれない。
手放したくないと思えば思うほど、酷いことしかできない。下着のフロントホックを外し、揺れる乳房を掴む。痛みで顔を歪める彼女は、本当に美しいと思った。

「ほんと、…琉夏く、とは、何も、」
「………」

分かっている。そういう意味で彼女が僕を裏切ることはないということは、この一年でよく分かっている。だが、それでもやはり信じきれない部分もあって、何もなかったことを自身で確かめないと気が済まない。
白い肌に指の痕がつくほどに強く握り、乳首を押し込むように潰した。

「いたいっ…やめ、てぇ…んっ!」

騒ぐ口を自分のそれで塞ぐ。舌を差し入れ、逃げ惑う舌を絡めとり自身の口内へと誘い弄る。お互いの唾液でトロトロに蕩けた舌を、グッと強く噛んだ。

「んぐっん、んんーーー!!」
「は、…ははっ、傷、ついちゃったね」

唇を離して彼女の舌を摘む。噛んでできた小さな傷に爪を立てると、じわりと血が滲み出てきた。それを舌で掬う。それはとても甘い鉄の味がした。

「…ね、僕は君の事、馬鹿じゃないと思ってるよ。…意味、わかるよね?」
「う、う、」

痛みを堪えながら頷く彼女の頭を撫でる。
両手で頬を優しく挟んで上を向かせてキスをすると、痛むであろう舌をぎこちなく動かして僕の舌に絡ませた。
じゃら、と鎖が鳴る。身体を限界まで前に突き出して唇を貪る蝶は、きっとこの先も同じ事を繰り返すだろう。僕を嫉妬させて怒らせ、激しく抱かれるのを望んでいる。

ならば望むとおりにしよう。
身体の自由を奪い、視界を奪い、ただ快感だけを感じるだけのイキモノになってしまえばいい。膣内に指を二本突き入れて掻き回す。彼女のイイところがどこなのか考えるまでもなく知っている。角度も、強さも、どう弄ったらいいのかも。彼女を弄ることは呼吸をするように簡単なことだった。

欲しいならいくらでもあげよう。僕が彼女なしでは生きられないように、彼女もまた僕なしでは生きられないのだから。




101008

xxx

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