雨水の檻



しとしとと降る雨は、静かに窓を濡らしてゆく。
普段は外の世界をクリアに映し出すはずのガラスが濡れ、映り込む全てを歪ませていた。
ダラダラと水を流してゆくガラスを見下ろすと、歪んで映るのは外を歩く人影であったり暗がりを猛スピードで通り過ぎる車であったりするが、それも揺らめいて輪郭を確認することは出来ない。

下界から切り離された世界。
四角い、僕の箱庭。




大学二年生へと進級した際、僕は一人暮らしを始めた。
一年の時に出来るだけお金を貯めながらマンションや下宿先を探しておいたため、春先にはそれなりにいいところを見つけることが出来た。
駅から歩いて十分ほどのアパートの二階。
家賃も格別安いわけではないが、値段にしては綺麗で広い。
早速荷物を運び込み、人並みに生活ができるようになった頃、カノジョを部屋に招いた。

カノジョ、小波みなこ。
今年の春高校を卒業した彼女は、僕の後を追って一流大学に進学した。
昨年の春に強引に犯して自分のものにし、一年間何度もいたぶるように抱き続けた、愛しい女性。
優しく抱けたことなど一度もない。
囁く言葉はいつも悲痛な叫びで、願望で、謝罪だった。
甘い雰囲気など存在しない。そんなものはいらない。
僕が犯したのは罪だ。
欲しいものを手に入れた代償として、幸せは望んではいけない。
自分にそう言い聞かせて、今日もまた彼女を組み敷いた。

「あ、んあ、っあ」
「…どう、したの、はッ…も、壊れちゃった?」

一人暮らしを始める際に購入した大きめのベッドの上に、服を全て剥いだ彼女を四つん這いにさせて後ろから突き入れる。容赦なく最奥を攻め立ててガクガクと身体を揺さぶると、獣のようにただひたすらに喘ぐ小さなイキモノ。
目には仕舞っておいた高校時代のネクタイで目隠しをしてある。
視界を塞がれた彼女が感じるのは自分の声と、繋がったところから聞こえるぐちゃぐちゃとした水音、そして僕から与えられる快感のみ。
己の体に響くものだけに反応を返す彼女には、雨の音は届かない。
口から涎を垂らして突かれるたびに嬌声をあげる彼女は、今は僕しか感じることが出来なかった。

恋焦がれていた彼女が僕のものになったとはいえ、結婚しているわけでも一緒に住んでいるわけでもない。
大学は同じだが学部が違う。
学内では公認のカップルになりつつあるが、それも一部でのこと。
高校の頃から可愛く可憐であった少女は、大学でも既に人気が高い。一つ二つ年を重ねるごとに綺麗になり、最近はとても艶やかで色っぽくもある。その原因には僕とのセックスもあるだろうが、何にせよ彼女の人気が衰えることはなかった。
より離れていた昨年ほど焦ることはなくなったものの、大学の方が悪い虫は多い。
そして彼女も、毒を根に持った花だった。

手に入れたら冷める、という言葉を吐いた友人がいた。
付き合うまでは好きで好きで仕方がなかったのに、いざ付き合うことになった途端熱が冷めてしまうのだと言う。
アプローチに必死になってあんなにデートに誘ったのに、一度身体を重ねたら満足してしまった、と彼は笑い話にしていた。
僕には、その心理は分かりそうにない。
好きで好きで仕方がない彼女が手に入ったのに、どうして手放せるのだろう。
手に入れたら今度、離れていくのがこんなにも怖いのに。
卑怯な方法で自分のものにしたが、彼女はそれでも僕を慕ってくれている。そんな健気な彼女を、僕は大事に出来ない。正しい愛し方など知らない。
いや、かつては知っていたのだろう。
花のように笑う彼女を、優しく愛でることなどきっと容易かった。
それが、一歩。
たった一歩道を踏み外しただけで、僕は今彼女を陵辱してしまっている。

「あ、あ、ア、」
「何、もうイきそう…っ?」

首を振りながらきつくシーツを握り締める彼女に、限界が近いことを知る。
きゅう、とより強く締め付けようとする膣から己を逃がすようにペニスを引き抜き、イこうとした彼女を戒める。
こんなことをする必要なんてない。
一緒に絶頂を向かえ、抱き合い、余韻に浸れれば幸せになれる。まどろみながら愛しているとでも囁ければ普通の恋人同士になれるのに、僕にはそれが出来ない。
意固地になっているわけではない。
僕に翻弄される彼女を見るたび、ゾクゾクと背中を駆け上がる快感。
痛がり、我慢を強いられて涙を流す彼女を見るたびに悦に入る。
ああ、知りたくなかった、自分の性癖。
罪など建前。
僕が求めているのは、最初から変わっていなかった。
これが、僕の幸せだった。

「ああっ、玉緒せんぱ、も…っ」

視界を奪われて感覚を頼りにしていた分、より快感のみを求めようとする彼女が己の秘部に手を伸ばそうとする。
その手を掴んで遠ざけ、仰向けに転がす。もう片方の手で僕を振り払おうとするのを同じように掴んで制し、頭の上へと移動させてベルトで縛り上げた。

「や、やだ…先輩、」
「もう少し我慢して、手はそのまま下ろさないようにね」

ベルトで固定した両手をベッドの柱に縛りつけようとも思ったけど、こう言えば彼女は従ってくれる。
僕の言葉に怯えているのか、彼女がマゾなのかは分からない。
黙り込んで言われた通りに手を上に上げたまま、見えない瞳を凝らして僕の行動を待つ。モジモジと内股を擦り合わせ、焦らされる快感に耐える彼女。
まだ。もう少し。もう少し待てば、彼女の限界が超える。

自ら足を開き、泣きながら懇願する姿が見たい。
僕の言葉に従い、淫らによがる様も。

高校時代、ずっと願っていたことだった。
夢にまで見た。
細い身体を痛めつけ、笑う自分。
当時は自分の中にある衝動が恐ろしかったが、今では当たり前に行っている行為だ。
罪悪感がないわけではない。
しかしそれも、この一年で大分薄れた。
感覚がおかしくなってしまっているのかもしれない。いや、これが普通だ。これこそが、僕の幸せ。

「は、はっ、たまお、せんぱい、も…いれて、くださ…」

涙声で懇願を始めた彼女に口許が緩む。
ああ、でも目隠ししたままだとちゃんと顔が見えない。取ってしまおうか。きっと蕩けきった目をしているに違いない。
だけど、目隠しされて見えないままいきなり突き入れられたときの反応も捨てがたい。入れた途端にイってしまうだろうか。そうしたらまたお仕置きをすればいい。

「せ、ぱいぃ…!」

雨音はショパンの調べ、と言ったのは誰だったろうか。
ショパンもバッハもベートーベンも、彼女が奏でる音には敵わない。
窓の外を見上げる。
暗く、雨水で濡れた下界は彼女の音を聴くことは叶わない。

ぐにゃり、歪むのは窓か視界か。
それとも、僕の頭の中か。




100921

xxx

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