二人で空を飛ぶ



「琉夏くん、ホットケーキ出来たよ!」

今日は日曜日。先日約束した通り、私は琉夏くんのお家に遊びに来ていた。
着いたのはお昼少し前。ホットケーキを作る際に持参したフリルエプロンをつけたら、案の定いたずらされた。新婚さんごっことか恥ずかしすぎるけど、琉夏くんはそういうの好きみたい。
でも本気で服だけ脱がしにかかるとは思わなかったから、つい手が出てしまった。もっと上手い回避の仕方があっただろうに、人間とっさに出てくるのはやっぱり手らしい。…前回は、足だったけど。
拒否されたのがショックだったのか、やりすぎたと反省したのかどちらかは分からないけど、琉夏くんはちょっと歩いてくると言ってふらりと外に出て行ってしまった。


琉夏くんを探しながら海岸沿いを歩いて行くと防波堤に着く。道中何人かとすれ違ったけど、琉夏くんには会えなかった。
海の方に向かって歩いて行く。日差しはまだまだ暑いけど、海風は涼しくて気持ちいい。防波堤の先までたどり着くと、白い布が落ちている。なんだか見覚えのあるそれを拾い上げて広げると、琉夏くんが着ていたシャツだった。

「…まさか、海の中にいたりして?」

思わず海を覗き込む。
途端にざばあ、と金色の頭が飛び出てきた。

「ふうっ…あ、みなこだ」
「ホントにいた…。何してたの?」
「潜水」

水面に顔だけ出して髪をかきあげる琉夏くん。本当に突拍子もないことをする彼だけど、もしかしたらさっきのことで頭を冷やしたいとかそんな理由なのかもしれない。

「みなこもおいで」
「ええ?!無理だよ替えの服ないし」
「大丈夫。俺の貸してあげる」

サイズ的に無理だと思う。
ぶかぶかの男の子の服着て家に帰ったら、お父さんが卒倒しちゃいそう。
防波堤に手を掛けて一度陸に上がった琉夏くんが、ぎゅうと髪を絞る。金色の髪から滴り落ちる海水は余計にキラキラして見えた。

「今日は海も凪いでるし、光が差し込んでて綺麗だよ」
「う、うん。凄く魅力的なお誘いだけど」
「海の中から空を見上げるとね、空を飛んでいる気分になれるんだ」

言いながら琉夏くんが私の手首を掴む。くるりと私の後ろに回り、もう片方の手を肩に置いた。

「ダイブ・イントゥ・ブルー!」
「えっ!や、きゃぁぁあああ!!」

琉夏くんの掛け声とともに海に落ちる。着水する瞬間に口と鼻を手で覆われたおかげで吸い込んだり飲み込んだりしなかったけど、心の準備も何もなかったためにパニックになってしまった。
とにかく苦しくて必死で琉夏くんにしがみ付く。すると、背中を撫でながら口移しで空気を分けてくれた。
手を引かれるまま泳ぎ、仰向けになる。水面がキラキラしていて、琉夏くんの髪と同じ色の光の筋が無数に見えた。まるで雲の間から光が差しているようにも見える。

「(天使の柱…)」

ゆらゆらと波に揺られながらぼう、と眺めていたら、再び琉夏くんに手を引かれた。引き寄せられるままに体を寄せ合って口付ける。潮の味しかしなかった。




先に陸に上がった琉夏くんに引っ張り上げられるように陸に上がる。
海水ですっかり張り付いた服と髪がべたべたして気持ち悪かったけど、海の中で見た景色はとても綺麗だった。

「…ごめんね?」

正面から腰に手を回しながら謝る琉夏くん。
本当に悪いと思っているのか怪しいところだけど、ここは怒ってる方が可愛く見えるかな?

「……」
「怒ってる?」
「…〜〜」

顔をそらして怒ってますアピールをすると、必死に覗き込んでくる。ダメダメ、にやけたらばれちゃう。
琉夏くんとは違う意味で必死な私をよそに、ベタベタとくっ付いてご機嫌を取ろうとする様は本当に愛しい。ああもうダメ。

「ね、みなこ」
「…怒ってないよ。だからもう行こ?ホットケーキ硬くなっちゃう」
「あ、離れちゃダメだ」

これ以上は無理そうだったので早々に折れてあげる。早く体も洗い流したいので琉夏くんの腕の中から出ようとすると、そう言ってぎゅっと抱き締められた。
琉夏くんは上半身裸で、相変わらず白くて逞しい胸板に頬が密着する。仕返しにいたずらしてやりたいけど、倍になって返ってきそうだからやめとこう。

「琉夏くん、もう離して?」
「俺も、早く帰りたいんだけど」
「だったら…」
「ピンクに赤い刺繍」

ぼそりと呟いた言葉にはっとなる。あわてて見下ろすと、完全に下着が透けてしまっていた。まあ、これだけぐっしょり濡れていれば透けない方がおかしいよね。
どうしよう、このまま歩いて行けば多少は乾くかもしれないけど、流石にジロジロ見られるのは嫌かも。

「これ着て」

差し出されたのは琉夏くんが脱ぎ捨てたシャツ。
頭から被されて何とか着ると、今度は抱きかかえられた。いわゆる、お姫様抱っこ。
まさかこのまま帰るつもりなのかもしれない。こっちの方が余計恥ずかしい気がするけど、しっかり抱き締めて歩き出す琉夏くんに静止の言葉は届かなかった。

「空飛べた?」
「…うん」
「俺も。ちゅーしょっぱかったね」
「ふふ、そうだね」
「今したらしょっぱい?」
「たぶん」

答えた途端にちゅ、と口付けられる。やっぱりしょっぱかったけど、ほんのりと甘く感じた。その甘さを求めてどんどん深くなっていくキスに、海水でべたつく体が火照る。
琉夏くんはいつだって甘い。甘ったるくて甘えたがりで、声に雰囲気にキスに酔わされる。
時々ぶりっこしてカマトトぶるのが億劫になる。形振り構わず彼を求めてしまいたくなる。
学園のマドンナを演じるよりも、琉夏くんだけのものになっちゃうのもいいかも。
琉夏くんから分泌されてる甘い匂いは、私の判断を狂わせる。

通りすがった人が呆然と見ていたような気がしたけど、キスに酔わされて気にもならなかった。




100910

xxx

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