お互いしか見えてないので、 それは、楽しかった修学旅行から帰ってきた、翌週の出来事。 「嵐くん、おはよう」 「おう」 教室に入ると、すぐに嵐くんが目に入った。 席も近くだし部活メイトだし、声をかけるのはいつものこと。だからいつものように挨拶をして席に着いたら、何故だかクラスメイトが固唾を飲んで様子を窺っていた。アレ? 首を傾げても心当たりがないので、多分私とは関係ないのかも。 そう思って、特に気にしていなかった月曜日。 「みなこ、今帰りか」 帰り支度を済ませて、教室を出た。今日はカレンもみよも部活で、柔道部はお休み。一人でのんびり帰ろうかと靴を履き替えたところで、嵐くんに声をかけられた。 これもいつものことなのに、何故だか周りが騒がしい。 「…?」 「一緒に帰るか…って、みなこ?」 「え?あ、うん、帰ろう」 並んで正門をくぐり、海沿いを話しながら歩く。 これもいつものことなのに、何故だか周りの視線が気になった火曜日。 部活の準備のために、皆より少し早く部室に入る。 室内を掃除して、ドリンクを作って、タオルの用意も完璧。窓を拭こうかな、と思い立ってバケツに水を汲んでから部室に戻ると、部長の嵐くんが来ていたところだった。 「わり、遅くなった」 「ううん、大丈夫。まだ皆来てないよ」 「ちーす」 「新名くん」 「あ、コラ新名!」 ガラガラと部室の扉を開けて入ってきた新名くんを、他の部員が制する。 ん?どうかしたのかな? 何かあったのと訊ねても、明確な答えはもらえなかった。いよいよ何か怪しいと思い始めた水曜日。 大迫先生に頼まれて、クラスメイトの平くんと配布プリントを運んでいた時のこと。 「ねえ、小波さん」 「うん?」 「あの噂って、本当なのかな」 「あの噂?」 何のことだろうと思って聞き返すと、平くんが少し困った顔をして首を傾げる。 あれ、変なこと聞いたかな。 平くんは言葉を捜すように視線を彷徨わせたあと、口を開いた。 「修学旅行のことなんだけど、」 「みなこ」 「あ、嵐くん。どうしたの?」 「今度の日曜なんだけど、空いてねえ?」 平くんが何か言おうとしたところに、嵐くんからのデートのお誘い。嵐くんは行き先と待ち合わせ場所を告げると、遅れんなよと頭を撫でてと去って行った。 「…やっぱり」 「え?」 「いや、なんでもないよ。…さっきのことは、忘れて」 それっきり平くんは、『あの噂』について話してはくれなかった。どうやら『あの噂』が違和感の正体だと気がついた木曜日。 二年A組の不二山嵐と小波みなこはデキてる。 金曜日、とうとう『あの噂』の正体を知った。でも。 「…なんでそんな噂が立っちゃったんだろうね?」 「さあな、いつも通りにしてただけなのにな」 首を傾げる嵐くんと私。 確かに自由時間は嵐くんと行動したし、枕投げで遊んだし、一緒にお土産も見た。でも、今までもいつも一緒にいたんだから、特別噂になることもないんじゃないかな? 「…それが原因じゃないっすか」 「「え?」」 部活動を終えての帰り道。 嵐くんと新名くんと私の三人で喫茶店に行くのも、いつものこと。 そこで新名くんに『あの噂』について教えて貰ったんだけど、私と嵐くんは首を傾げるばかり。 「色々と聞きましたよー?飯食ってる姿が夫婦みたいだとか、移動中いつも手をつないでいたとか、お揃いのお土産買ってたとか」 「うん。でもそれ、いつものことだよ?」 「まあセンパイ方を知ってる人にとっちゃそうでしょうけど…他にも、一緒の布団で寝た、とか」 「え、えええっ、何でそんな?!」 「ああ、そういえば」 新名くんの言葉にだけじゃなく、その言葉に頷いている嵐くんにも驚かされる。 確かにほとんど間違ってないけど、でも一緒のお布団で寝たとかないよ!! 「落ち着け。一緒に寝たんじゃなくて、隠れただけだろ」 落ち着いた声で嵐くんが言う。 …確かに、枕投げ中に大迫先生が突然現れた時に、とっさに隠れたお布団の中に嵐くんがいたことがあったっけ。 「それで、私たちが付き合ってるってことになってるの?」 「そういうことっすね。むしろ今まで付き合ってなかった方が不思議だったって言うか、やっとくっついたのかって言うか」 「えー、そうかなあ?」 いつも一緒にいるのが当たり前になっていたから、そんなこと考えたこともなかった。 でも、そんなふうに噂になっちゃうのなら、あまり傍にいない方がいいのかな? ちらりと嵐くんの方を見てみるけど、全然気にした様子はないみたい。どうした?と首を傾げる嵐くんを見ていると、まあいっかって気持ちになっちゃう。嵐くんに笑顔で答えると、嵐くんも笑顔を返してくれた。 「…ホント、何で付き合ってないんだろうねぇ」 新名くんがため息を吐きながらつぶやいた言葉は、私たちに届くことなくグラスの中へと消えていった。 100816 オチにばかり使ってごめんねニーナ sss |