おきあがりこぼし ふわりと漂ってくる甘い香りは、多分ハチミツかメープルシロップ。 甘い香りは得意じゃないけど、つい気になって顔を寄せた。 「わ、せ、先輩?」 「あ、ごめっ…」 すんすんと彼女の髪に鼻を寄せて確かめると、ホットケーキの香りがした。 またあの兄弟のところにいたのだろう。 知らなければ、彼女そのものから漂ってきそうな甘い香りに酔えたのに、生憎と僕はその香りの正体を知ってしまっていた。 「何か、匂います?」 クンクンと服の臭いを嗅ぐ彼女。 ああ、自分では分からないくらい、その香りは君の一部になってしまっているんだね。 何でもないよ、と言いながらも、彼女がホットケーキを焼く姿を思い浮かべる。 もっと、もっととせがまれて、呆れながらも焼いてあげる健気な少女。 漂うのは甘い焼きたてのホットケーキと、ハニーシロップの香り。 きっと彼女は笑顔を向けて、出来たよと可愛らしくお皿を差し出すのだろう。 僕ではない、彼らのために。 ああ、胸焼けがする。 「先輩?」 くるくる動く黒い瞳に笑顔を向けて、僕はまた気づかない振りをする。 諦めるには遅く、踏み出すには早すぎる。 ああ、好きと伝えてしまえばどんなに楽だろうか! (どう転んでも、苦しむことは分かっているけど) 100809 sss |