5月19日、風邪を引いた




目が覚めてすぐ咳が出た。
数日前からなんかダリィな、とは思っていた。体はあちぃしボーッとするし、でも寒気もする。そもそも視界がボヤけてよく見えねぇ。これはアレか、風邪って奴か。

風邪なんて…いや、そもそも病気なんて何年ぶりだ?

ボヤけた頭で指折り数えてはっとする。んなこたどうでもいい、とにかく体を起こしているのも辛くて横になる。なんか食わねぇと、とは思いつつ、薬もないしメシ作る気力もねぇ。とにかく寝よう寝れば治る。

少しずつ重くなる瞼に身を任せていたら、ドタドタと慌ただしく階段をかけ上がる音が響いた。

「コウ!飯!」
「……勝手に食え」
「…あれ、どうした?」

折角寝れそうだったのに、琉夏の遠慮ない足音と声に起こされた。つーか頭に響くんだよバカ琉夏。

「うそ、風邪?コウが?」
「るせー」
「うわ、デコあちい」
「触んな」

無遠慮に部屋に入ってきた琉夏が布団にくるまった俺の顔を覗き込む。
ひた、とあてられた手が冷たくて、思わず気持ちいいだなんて思ったことは、口が裂けても言えねぇ。

暫く何かを考えるように黙っていた琉夏が、突然身を翻して階段を下っていく。だから、足音うるせーっての。
暫く何かを引っ掻き回す音がしたと思ったら、再び慌ただしく琉夏が部屋に乗り込んできた。だから…あーもううぜぇ。

「コウ!俺の布団も使え」
「ああ?」
「あとこれ、デコ乗せて」
「ぶわっ!?」

ドサドサと布団を被せられ、更にデコにベッチャベチャに濡れたタオルを置かれた。せめて絞れや!!

「おま!!〜〜ってぇ」
「頭痛すんの?」

ああ、テメェのせいでな。
頭を押さえながら体を起こし、濡れたタオルを琉夏の野郎が持っていたボウルへ放り込んだ。つか、ウチボウルなんてあったのな。…ああ、甘食用か。

「あ、コウビショビショじゃん」
「………」
「ほら、脱げ。風邪引くぞ」
「もう引いてんだよ」

今度は乾いたタオルを俺に寄越して立ち上がる。タンスを引っ掻き回して服を取り出すと、乱暴に服を脱がされた。
つか、何してんださっきからよ。

「看病」
「おもしれぇ冗談だ」

琉夏が持っていた俺の服を引っ付かんで自分で着たあと、再び横になる。とにかく寝かせろ、話はそれからだ。
しかし、俺が布団に入っても琉夏の気配は動かなかった。ただ、じっとしている。んな見られたら寝れねぇだろ、目を閉じていても視線を感じるくらい凝視してんじゃねえ。

「…がっこ行けや」
「ヤダ」
「……、せめて下行け。寝れねぇだろが」

とにかくダルい。こちとら無駄な体力使ってる場合じゃねえんだよ。
やっと俺の言いたいことがわかったのか、琉夏がソロソロと立ち上がった。その前に額に冷たいものが置かれた。今度は、絞ってあるタオルだった。



ゆらゆらと揺られているような感覚から一気に浮上する。
重たい瞼を持ち上げると、視界の隅に金色があった。下行けっつったのに聞いてなかったのかこのバカは。
どうやら寝ているらしいそれは、眉間に思いっきり皺を寄せている。まるでコイツの方が風邪でも引いてるみたいじゃねえか。

時間を見ようと枕元に置いてある携帯を手に取ると、メールが一通届いていた。
差出人は、アイツだった。

『コウくんお誕生日おめでとう。
風邪大丈夫?
放課後にお見舞い行くから、欲しいものがあったらルカくんに言ってくれたら持ってくよ。
少しでもいいから何か食べて、お薬飲んでね。たぶんルカくんがおかゆ作ってくれてるはずだから。
それじゃあ、お大事に!』

「…誕生日、か」

ああ、そう言えばそんな日だったような気がする。今更誕生日なんて祝って喜ぶ歳でもねぇし、特に気にしてなかったな。祝ってくれんのも、アイツだけだし。
時間を確認してからメール画面を閉じる。昼過ぎまで寝ちまってたか…流石にハラ、減ったな。
幾分良くなった気がするので起き上がろうとしたら、僅かな振動に気付いたのかルカが起き上がった。

「ん…あ、コウ。体調は?」
「あー、まあ、朝ほど悪くねぇ」
「メシ食えるか?アイツに聞いて作った。本当はホットケーキ作ろうとしたんだけど、アイツに止められた」
「賢明な判断だな」

こんな時にあんな甘ったるいもん食えるか。そもそも健康時でも遠慮してぇ。
若干寝ぼけたまま、琉夏の傍らに置いてあった盆を差し出される。見た目は、確かに粥っぽいが…大丈夫なんだろうな、色々と。

「さっき作ったから、まだ冷めてないよ」
「あ、ああ。…何やってんだ?」
「え、だって起きてんの辛いだろ?はい、あーん」
「ぐっ」

事もあろうにコイツはスプーンで粥を掬うと、俺の口許に押し付けやがった。あまりの勢いで思わず口に入れちまった。後で覚えてろ。
取り敢えず睨み効かせてから一応食ってみたが、…まあ、そうだよなぁ…。

「………」
「はい二口目」

微妙な顔した俺に気づいているのかいないのか、いや、確実に気づいているだろう奴は、敢えて味を聞かずに再びスプーンを差し出した。
なんつーか、水分の割りには固かったり相応に柔らかかったりではっきり言って食感はよくない。よくないが、ムカつくことに味はうまい。
つか何か色々入ってねぇかこれ。

「固形の卵スープあんじゃん?インスタントの。あれ混ぜると美味いんだ」

テメェで味付けしたわけでもねぇのに偉そうに琉夏が笑う。
確かに、塩加減が丁度いい。卵も体にはいいとか聞くし、まあ悪くはない。まあ、なんだ。せっかく作ったんだから食ってやらないこともない。が、食わせられんのはゴメンだ。

「食ったら薬飲め。買ってきた」

スプーンを奪って無理矢理食ってると、琉夏が市販の薬を取り出した。
わざわざ買ってきたのか、今月ギリギリだってのに…ま、病院にかかるよりは大分マシだがよ。
何とか粥モドキを押し込んで薬を飲む。また横になると、額にタオルがあてがわれた。なんつか、こう、ムズ痒い。

「風邪が直ったら肉でお祝いだな」
「あん?大袈裟だろ、風邪くらいで」
「違うよ。誕生日祝い」

そんときにゃ誕生日も終わってんだろ。
そう思ったが、なんとなくチャチャを入れる気にもならなくておう、と寝返りついでに呟いてやった。




110525

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