かたての独占欲 森林公園で手を繋いで歩く。 ささやかな幸せは、実感できると大きな幸せに成長する。 彼が手を繋いでくれる。それだけで、とても幸せ。 …でも、その逆もしかり。 普段はあまり出掛けることが出来ないので、今日みたいに昼間に外でデートするのは稀なことだった。 新しい服にヒールの高い靴で思いっきりおしゃれして、大学に入ってからするようになったお化粧も、カレンに教わった通りに控えめだけどふんわりした印象に仕上げて気合い十分。 出会い頭に「可愛い」って褒めて貰えて、恥ずかしいけど嬉しくて。差し出された手を握り、歩き出した。 「あー、のどかだなあ」 眠そうに呟く彼は、公園の桜並木を歩きながら空を見上げる。 花はすでに散っていたが、緑色に繁った葉がそよ風になびいて乾いた音を立てた。 お昼に食べようと思って作ったお弁当箱は、彼が持ってくれている。然り気無く気遣ってくれる、彼の優しさが嬉しかった。 「しかし、日の光が眩しい…」 「ここのところずっと書斎に籠りっぱなしでしたもんね」 目を細めて伸びをする。 秋吾さんは今次回作を執筆中で、一週間ほど缶詰め状態になっていた。 ご飯の世話とかさせてもらってたけど、やっぱり太陽の光は浴びた方が体にいい。気分転換を兼ねて外出に誘ったら、意外にあっさりと乗ってくれた。 「そもそも本屋を冷やかして歩くのが好きだった俺が、室内に詰め込まれて不満がないわけないだろう」 確かに。 でも執筆中の彼は集中力が凄いから、気軽に声もかけられない。気が散っちゃうかとも思ったけど、彼にとっては良かったみたいで安心した。 公園の中をぐるっと散歩してから芝生の方へ歩いて行く。小さいけどレジャーシートも持ってきたので、今日は芝生でお昼を食べようと思っていた。 広場には家族連れや動物達が楽しそうに駆け回っている。どの辺で食べようかとあたりをきょろきょろしていると、大きな犬が突然こちらに向かって駆けてきたので、吃驚して思わず秋吾さんの後ろに隠れてしまった。 「お、ゴールデンか」 楽しそうな声に彼の背中からそっと顔を出すと、突進してきた犬の頭を楽しそうに撫でていた。秋吾さん、犬好きなのかな。新たな一面にぼけっとしていたら、突然顔を舐められた。 「きゃっ…くすぐった、あははっ」 「お、何だこいつオスか?」 千切れんばかりに尻尾を振って大きな黒い瞳をキラキラと輝かせているこの子は、構って欲しそうにじゃれついてくる。毛が柔らかくてふわふわで、凄く可愛い。 暫く二人で構っていたら、飼い主らしき女の人が走ってきた。 「すみませーん!コラ、女の子襲っちゃダメだっていつも言ってるでしょ!」 「あ、大丈夫です。可愛いですね」 「女好きか。この色男」 「本当すみませ…あれ、もしかして藍沢秋吾?!」 ふと顔をあげた女性が秋吾さんに気付き、大きな声で彼の名前を叫んでしまった。その声を聞いた人たちに秋吾さんのことが広まってしまい、徐々に人が集まってきた。 これはちょっと、まずいかも。 去年ノーベノレ賞を受賞してテレビに出た影響で、秋吾さんの顔は世間の人に知られている。 それと、これは恋人の欲目なのかもしれないけど、秋吾さんはとても整った顔立ちをしている。時々気だるげな様子が色っぽい、とか思ったりしちゃってるので、あまり綺麗な女の人とかに近付いて欲しくない。 なんだか凄くモヤモヤする。目の前には沢山の人。必死に話しかけている人、勝手に写メを撮ってる人、秋吾さんに触っている人。 あ、秋吾さん握手されてる。 ううう、やだなあ。その手は私だけのものなのに。作家さんなんだからサイン会のときとかに握手を求められるのは分かっているんだけど、せめて私の前ではそういうのは見たくないって思うの、我が侭かな。 「………」 「これはちょっとまずいな…。みなこ、今日はもう…みなこ?」 「へ?!あ、はい!」 「…取り合えず、出るぞ」 ぐい、と肩を抱かれて秋吾さんに庇われるようにして人垣を掻き分け、そのまま公園を後にする。かばってくれるのは嬉しいけど、なんだか視線が凄く怖い。 その際私に対する声も聞こえたような気がしたけど、きちんと聞き取れなかった。 公園を後にしてたどり着いたのは、結局いつものマンションの部屋。 折角秋吾さんと外でデートできる機会だったのに、なんて不貞腐れても仕方がないとは分かっているんだけど。 「平気か?」 「うん、私は大丈夫…」 「…ふうん」 あわてて首を振ると、意味ありげに笑う秋吾さん。…な、なんだろう? 「眉間に皺、寄ってるぞ」 「え?!」 「嘘」 「も、もうっ」 ビックリした。顔に出ちゃってるのかと思ってあわてて額を隠してしまった。嘘って言ってたけど、今のでバレたよね、やっぱり。 だって。 秋吾さんが有名になるのは嬉しいし、私も彼の本は大好きだから沢山の人に読んで貰いたいって思うけど、そのせいで秋吾さんと私って組み合わせに対して疑問に思っちゃうこともある。 私はただの大学生で、秋吾さんとの出会いだって物凄く偶然で、今思えば奇跡みたいなものだった。今でも一緒にいられることが夢みたいだなって思う。 秋吾さんの書く本は読みやすくて恋のお話も多いため、女性のファンも多い。今日みたいに騒がれちゃったら私なんて出る幕がなくなっちゃう。私はまだまだ子供だし、秋吾さんの隣に立つのならもっと大人の女性とかの方が絵になるはずだ。 「…い、こら!」 「きゃあ?!…あ、」 「ったく、どうした?ボーっとして」 「う…ごめんなさい」 「どうせくだらないこと考えてたんだろう。分かりやすいな、お前」 「…だって」 「だってじゃない。ほら、こっちきなさい」 ソファに座ったままポン、と膝を叩く。誘われるまま傍に寄るが座るのを躊躇っていると手を引かれてそのまま膝の上に腰を下ろす。 ぎゅ、と手を握ったまま秋吾さんが私の肩に顎を置いた。髭がちょっと痛かったけど、心地いい重さに目を細めた。繋いだ手が暖かい。 「デート、台無しにして悪かった」 「そんなっ秋吾さんは悪くな…ンっ」 秋吾さんが謝る必要なんて全然ないのに。凄くすまなさそうな声に慌てて振り返ると、言葉の途中で口を塞がれた。温かいけど寝不足のせいか少しかさついた唇が、やわやわと食むように触れている。 え、キ、キス?! 「〜〜〜?!」 「仕方がないから、残りはこうして過ごすか」 一度唇を離してから、にやりと笑う。 付き合いだしてから分かったことだけど、秋吾さんは意外と甘えただったりする。年上の癖に、こういうところがずるいというか可愛いというか。 秋吾さんは触れることで、私の不安とか心配とかをすぐに汲み取って取り除いてくれる。手を握ったり、頭を撫でてくれたり、頬を包み込んだり、言葉には出さないけど態度で示してくれる彼の優しさが嬉しかった。 なんだか嫉妬しているのもバカらしくなってきちゃう。折角一緒にいられるんだから、楽しい気持ちの方がいいに決まってるよね。 「あ、お弁当!お昼過ぎちゃいましたけど、食べましょう!」 「ああ…あとでな」 「へ?あの、ちょ、ま…っ」 再び唇を塞がれる。 ただでさえ色っぽいと思っている人にいきなりそんな全開で迫られたら、テンパっちゃって断ることもまともにできなくてあわわどこ触ってるの! 手を繋いだままソファに横たわる。本気なのかな。ああ、そんな目で見ないで。ドキドキして何も言えなくなっちゃう。 キスが凄く気持ちよくて、ちゅうちゅうと触れ合うだけで頭が蕩けてぼうっとしちゃう。 「は、…しゅ、ごさ…」 「可愛い、みなこ」 ああもう、私の負けです。 過呼吸になりそうになる喉はもう放っておいて、なんとか思いを伝えるためにぎゅっと手を握り返した。 101113 sss |