ただいま沸騰中



「あっ」

学校の帰り道、クラスのダチとショッピングモールで服を見ていた時のこと。
何軒か店を見て回って、そろそろ引き上げようかと駅へ向かっていたところに聞こえた声。鈴が転がるようなと言うよりも、小鳥が囀ずるような声に思わず足を止めた。
ぴぃぴぃと慌てているその小鳥は、いっこ上の女の子。自販機の前であわあわしていたと思ったら、がくっと肩を落とした。
うわ、目に見えて落ち込んでら。

「みなこちゃん?どーしたのー」

なんだか放っておけなくて声をかけると、弾かれたように顔を上げるみなこちゃん。
大きな目がくるりと動き、俺の姿をとらえると、泣きそうだった顔にぱあっと笑顔が咲いた。
うわ、反則。

「新名くん!今帰り?」
「あ、ああ、まあ」

やば、見とれててなんか反応おかしくなった。
心の中で咳払いをして気を取り直してから、改めて彼女を見る。
うーん、相変わらず可愛い。
じゃなくて。

「何かあったの?落ち込んでたみたいだったけど」
「え、あー…大したことじゃないよ、大丈夫」

にこ、と笑顔を浮かべているけど、さっきの様子を見たあとじゃ説得力がありません。自販機の方を見てみると、彼女が買ったとみられる缶が取り出し口に入ったままだった。
黒い缶、コーヒーかな。
意外だ。みなこちゃんは何となく、コーヒーとか飲めなさそうなイメージだから…あ、もしかして間違えて買っちゃったとか?
うわー何かベタ!ベタだけどみなこちゃんがやると可愛く思っちゃうなんて、よっぽど彼女に惚れちゃってんだろうな、俺。
よし、ここはスマートにフォローするのがカッコイイ男の所作ってもんでしょ。
チャリン、と自販機に小銭を入れつつみなこちゃんに笑いかけた。

「今日は暑いから喉乾いたでしょ。何飲む?」
「え?で、でも…」
「俺はコーヒー飲むからさ」

パチンとウインクをしつつ取り出し口に手を入れる。
缶を掴んだ途端、彼女はビックリした顔で俺の手を掴んだ。

「さわっちゃダメ!」
「うあっつ!!」

みなこちゃんに引っ張られながら慌てて手を引き抜く。
え、何今の超熱かったんですけど?!
ただでさえ高い気温に参ってるって言うのに、何でこんな熱いの買ってるわけ?
ジンジン痛む手のひらに風を送っていたら、ガコン、と取り出し口にジュースが落ちてきた。いろんなフルーツのラベルが印刷されているその缶は、間違いなく冷たい飲み物だ。

「これ!掴んでっ」

ガタガタと自販機を揺らす勢いで缶ジュースを取り出したみなこちゃんが、俺の手に缶を握らせた。
更に握り込んだ俺の手の上からぎゅ、と両手を添える。
うわ、やべえ何てラッキー!
大丈夫?なんて眉を下げながら覗き込まれたら、冷えるどころか逆に体温上がっちゃうでしょ。

「ごめんね?うっかり熱いの買っちゃって…」

こくっと首を傾けて覗き込んでくるその仕草は反則だよね、まったく。
だいじょぶだいじょぶと笑いながら言えば、良かったと微笑んで彼女は手を離した。あっウソウソまだ熱い!…なんて言えないよなー。ちぇ。
その間にみなこちゃんは慎重に缶を取り出そうと四苦八苦してる。慌てすぎて取り出し口に手を引っ掛けて、熱い痛いと嘆く彼女。
…なんかエロイ。

「おい、ニーナ?」
「うわっ!」
「なんだよどうし…あれ、この人」
「あ、新名くんのお友達?」

そうでした、すっかり忘れてたけど俺ダチと一緒だったんだった。

「こないだの人じゃね?初めまして、俺新名のクラスメイトの―――」
「ああ!学園祭の準備の時の!あ、俺は…」

ちゃっかり挨拶を交わす奴らを睨むけど、どこ吹く風。
てかさーみなこちゃんもみなこちゃんだよね、そんな奴ら放っといて俺をかまってよ。ほら、まだ手がジンジンしてる。
何故か感じる疎外感に、和気あいあいと話し合ってる三人の間に入って、あっつあつの缶を奪い取って飲み干したら俺英雄になれるかな、なんて考え出す始末。
そんな俺の考えが読めたのか、ダチの一人がみなこちゃんの手の中で踊っている缶に気がついた。

「どうしたんですかー?ソレ」
「あ、間違えて熱いの、買っちゃって…」
「えードジ!でも可愛いですねー」

黙れバカ調子に乗んな。
くそー割って入りたい。…つか、入れんのになんで俺傍観してるわけ?
はい、それは自分が情けないからです。
なんて自問自答していたら、可愛いとほざいた奴が彼女から缶を奪い取った。

「え?熱いよ?!」
「あ、大丈夫です俺手の皮厚いから。ほら、先輩にはコッチ」

そうヘラヘラ笑う奴は、本当になんともないみたいだ。それから俺の手を冷やしていたジュースの缶を奪い取ると、彼女に渡した。
…違う、お前が厚いのは面の皮だ。

「あ、ありがとう…」

こらこらこら、みなこちゃん。
騙されかかってるけどそれ俺が買ったやつだから。こいつ一銭も払ってないから。
言ったところで余計に惨めになるだけなんだこど、言ってやりたい言わずにはいられない。
耐えかねて立ち上がると、ちらりと彼女がこちらを向いた。

「…新名くん、ありがとうね?」

片手で口許を押さえて、上目遣いで窺うようにじっと見詰める黒い瞳。たった一言を向けられただけで、ふわりと暖かくなる心。
ああもう分かった、俺の完敗だよ。
次からは気を付けてよね、と頭を撫でるとふにゃりと笑う。結局その笑顔を貰えるだけで幸せになっちゃうんだから、大概だよね俺も。

「ほんじゃ、そろそろ帰りますか。みなこちゃんまたね」
「う、うん!…あ、新名くん」

名残惜しいけど時間もそろそろヤバイ。それにこれ以上こいつらと彼女を親しくさせたくなくて踵を返そうとしたら、みなこちゃんに呼び止められた。
ま、当然振り返っちゃうよね。

「なに?」
「あ、あのね、…お礼をしたいの。今度の日曜日、空いてる…?」
「へ?」
「忙しかったらいいの!その、Red:Cro`Zのライブのチケットがあって…た、たまたまなんだけどね?!一緒に行ける人が見つからなくて、よかったら、どうかな、って」

なにそれ。
みなこちゃんなら誘わなくても立候補してくる奴山ほどいるでしょ。しかもRed:Cro`Zって前俺が好きだって言ってたよね。チケット取るのだってかなり大変なんだよ、あのバンド。
…もしかして、初めから俺を誘おうとしてくれてたとか?

「い、いく!予定ないし、付き合っちゃう!」
「ホント?よかった…じゃあ、時間と待ち合わせ場所はまたメールするね」

じゃあね、と手を振って走り去っていく彼女の後ろ姿を呆然と見つめる。心なしか足取りが弾んでいるように見えるのは、目の錯覚ではないはず。
なんだ、なんだったんだ、今のは。

「…なーに見とれちゃってんの、ニーナ」
「なっ」
「しっかし可愛い人だったなー。お前が彼女って嘘つきたくなる気持ちも分かるわ」
「おまっ」
「あーハイハイ分かってる分かってる。お前とライバルとかこっちから願い下げだし」

ケラケラと笑いながら先に歩いて行ってしまったダチ二人。
なんだかだんだん嬉しさが込み上げてきて、一人残された俺は手が痛むのも忘れて思いっきりガッツポーズをした。




100826

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