petit malentendu ぽんぽんと頭を叩く手のひらは、けして大きくはない。 元気で大きな声も、明るい笑顔も、生徒と接する態度だって、およそ「先生」とは思えないほどにフレンドリーな先生。それでも先生は「先生」で、私はただの「生徒」だった。 先生は大人だということは、ふとした瞬間にイヤでも認識させられる。先生からは生徒としてしか見られない。勉強で一番になっても、ローズクイーンに選ばれても、高校生ってだけで先生とそれ以上親しくなることは叶わなかった。 そんな先生と生徒という関係から脱出したくて、卒業式の日に思い切って告白をした。先生は受け止めてくれるって言って、力いっぱい抱き締めてくれた。それがとても嬉しくて、そのあと思いっきり泣きじゃくってしまったっけ。 早速先生を困らせてしまったけども、思いっきり泣け!それから笑え!って言ってくれた先生が優しくて愛しくて余計に泣いてしまった。 先生に告白してから、変わったこと。 まず、休日に二人で出掛ける機会が出来た。社会人の先生と大学一年生の私ではそんなに頻繁に会えるわけもなく、柔道部の顧問を引き続き続けている先生は試合などで休日も潰れることが多いけど、先生は会う時間を作ってくれていた。 「今週の日曜、はばたき城へ行くぞお!お前もついてこーい!」 「は、はい、先生!」 柔道部の差し入れを不二山くんとしに行った日、明るい元気な声で先生が誘ってくれた。いつもは私から誘うばっかりなので、こういう時は本当に嬉しい。 何着ていこう?この間は可愛い系で行ったら「似合ってるぞ」って言ってくれたので、同じ系統で行こうかな。それとも動きやすい方がいいかな。お城に行くなら多少オシャレしてもいいかな。この間買ったパフスリーブにフレアスカートにしよう。なんて浮かれまくっていたら、思いっきり不二山くんに気味悪がられてしまった。 そしてやって来た日曜日。 「…あれ?」 「あ、小波。こっちだ」 待ち合わせ場所に少し早く着くように行くと、そこには何故か不二山くんの姿があった。よく見てみると、他にも何人かはば学の生徒がいる。このメンバーは、柔道部の子たちだ。 偶然に同じ場所に遊びに来た、というわけではなさそう。思いっきり自分に向けられた言葉に、戸惑いつつも傍に寄った。 「不二山くん、あの、これは…?」 「柔道部の交流会。俺とお前はOBで参加だろ」 交流会? あれ、デートじゃない、の? 「オッス小波!来たなー!」 「せ、先生!」 笑顔で手を振っている先生と、その隣にいた新名くんが近づいてくる。ちょっと苦笑気味の新名くんを見ると、どうやら私の気持ちに気がついていたみたいだった。新名くんにバレていたらしいこともだけど、二人っきりだと勘違いしていたなんてかなり恥ずかしい…! 思いっきりオシャレしてきたのがなんだかバカみたいで顔から火が出そう。強烈な羞恥心から思わず目が潤みそうになって慌てて顔をそらしたら、タイミングよく新名くんが手を引っ張ってくれた。 「みなこさん、ちょっと我慢してね?」 「え?」 「うわ、センパイ顔色悪いっすよ?!ちょっとベンチ寄りましょう!あ、センセーは皆を連れて先に行っててくださーい」 そういいながらぐいぐいとベンチの方へ連れて行かれる。視界の隅に心配そうな顔をしていた大迫先生の姿が目に入ったけど、追っかけてくることはなかった。 「とりあえず、ハンカチいる?」 「ううん、大丈夫。…ありがと、新名くん」 集合場所から少し離れたところにあるベンチに腰をかける。柔道部の人たちが様子を見に来てくれていたけど、全部新名くんが追い払ってしまった。 先生に引率されて皆がお城に入ったあと、新名くんも隣に腰を下ろした。 「…いつから気づいてたの?」 「えーっと、わりと最初から?」 頬を掻きながらそういう新名くんは、居心地が悪そうに座り直す。わりと最初って、私が二年生の時からってことだよね。そんなにわかりやすかったかな…。 「多分、気付いたのは俺だからだと思うけど。アンタさ、部活も勉強も何にだって一生懸命じゃん。で、そのことでセンセーに褒められるとすっごくいい顔してた」 「そ、そうだった?!」 「うん。だから、あーこれは敵わない…じゃなくて、恋しちゃってんだろうなって」 ううう、はっきり言われるとものすごく恥ずかしいです新名くん。 また顔が赤くなりそうで頬を押さえる。ダメだ、落ち着かないと先生に会っただけで赤面してしまいそう。 「俺飲み物買ってくるからさ、しばらくここに座ってればいいよ」 「あ、ありがとう…」 「どーいたしまして。んじゃね」 手を振って自販機に向かう新名くんを見送る。 丁度気持ちいい風が吹いてきたので、火照った顔を冷ます。ああもう、失敗しちゃった。あとで先生にちゃんと謝らないと。大体ちゃんと話を聞いていなかった私が悪いんだし、本当要領悪いんだからしっかりしないと先生に見捨てられちゃう。先生に認めてもらいたくて頑張ったのに…ってあれ、立ち直ろうとしたのになんで自分で自分を落ち込ましてるんだろ、私。 「体調、大丈夫か?」 「ごめんなさい大丈夫で…って、先生?!」 どうにか気分を盛り上げようと心の中で楽しいことを考えていたら、先生の声が聞こえた。思わず返事をしてしまったけど、目の前にはいつもの元気な様子とは違う、心配そうな先生の顔。少し屈んで額に手を当てようとしたのを、思わずビックリして身を引いてしまった。 「っ、すまん」 「い、いえ!私こそすみません…」 ううう!本当に何やってるの。 なんだかお互いに気まずくなってしまって黙りこくる。そのうち居た堪れなくなって、思い切って先生に声をかけた。 「ごめんなさい、交流会の途中だったのに、」 「ああ、そのことなら問題ないぞ!不二山に頼んできたからな。それより…」 ちらり、とこちらの様子を伺う。見つめるだけで何も言わない先生に首を傾げると、ごほん、と一つ咳払いをした先生が少し頬を赤らめて笑った。 「その、今日も可愛いぞ、小波」 「…!!あ、う、あり、がとうございます…」 不意打ちです。 ビックリします。 心臓止まるかと思いました!! 尻すぼみになりながら御礼を言うと、ん、と笑顔で頷いてくれる先生。もう本当、何拗ねてたんだろ。今日の私の行動が本当に子供っぽくてバカみたいだ。でもやっぱり嬉しい。先生の一言でこんなに気持ちが変わるなんて、先生のこと好きすぎるのかもしれない。 「あいつらに見せるの、もったいないな…」 「先生?」 「いや、なんでもないぞ!体調大丈夫そうなら行けるか?」 「はい!あ、でも新名くんが」 「はーい新名くんでーす」 「きゃっ!」 すぐ後ろから間延びした声がする。 手にはお茶のペットボトルを持っていて、それをくるくると弄んでいた。いや、そんなことよりも、いつからそこにいたの…。 「あーヤダヤダ。暑いね今日は」 「にっ、新名くん…!」 「暑かったらそれ、飲んでいいぞ。小波には俺が買ってやるからなー」 「…ああもう、本っ当にヤダヤダ!」 そういいながら新名くんは心底嫌そうな顔をして、お城の方に行ってしまった。なんだか悪いことしちゃったような気がものすごくします、先生。 ベンチから立ち上がった先生は、私に手を差し伸べてくれる。恐る恐る取ると、ぐいっと引っ張られた。そのままお城の方へと歩いて行く。みんなの前まで手を繋いでいくのは正直恥ずかしかったけど、先生の心遣いが嬉しくてぎゅっと手を握り返した。 100902 sss |