東堂さんのロードは恐ろしく無口
東堂尽八とその相方リドレーといえば、よく知る人もあまり知らない人も、みな口を揃えてこう言う。「足して2で割れば丁度良い」、と。もちろんよく知る人の言葉と知らない人の言葉ではちょっと意味が変わってくる。

「……」
「ん、そうだな。もうそろそろチェーンに注油しとく必要があるな」
「……」
「ああ、分かってる。それもするつもりだ」
「……」
「喜んでもらえて何よりだな」

相変わらず何て会話してるのか全然分からないな。いきなり喋り始めた東堂に驚いて目を向けた新開はそう思わずにはいられなかった。
東堂尽八のロード、リドレーは恐ろしく無口だ。その証拠に新開が今まで声を聞いたのはたった2回。驚くことなかれ、3年間で2回、だ。
今もリドレーは一回も声を発していないため、いつものように東堂が一方的に喋ってるように聞こえるのに、その会話の相手、リドレーが東堂の最後の言葉に少し嬉しそうに笑っているのを見るとそうではないのだと分かる。滅多に表情を変えないリドレーだけにその会話の内容が気なるがいかんせん相槌だけで察せるほどの特殊能力は持っていない。

「あいつら本当に仲良いよなア、何であれで会話できんダヨ」
「靖友」

いつの間にかうしろに立っていた荒北が呆れたようでありながら、感慨深げに呟いた。ビアンキは? シラネ。 短い会話を交わしながら隣に座り込んだ荒北のその腕には小さな掠り傷があった。そういえばこの間そこそこの大会に行ってきたって言ってたなあ。またムチャなライティングをして喧嘩したのだろう。ビアンキもそれが荒北の持ち味で強みだということをちゃんと理解しているし、荒北もビアンキがヘソを曲げると分かっているのに何のフォローもしてやらない。この2人と東堂とリドレーは全く正反対と言ってもいいだろうな。ビアンキと荒北は口数が多いくせに会話ができないのだ。

「でも、最初の頃は尽八も結構苦戦してたんだぜ」
「ハ? ……ウソだろ?」
「まあ今じゃあ信じられないよなあ。あんな上手くいくとはあの頃は思わなかった」
「え、マジなやつなのそれェ……信じられねぇんだけど」
「じゃあちょっとちょっかいだして来いよ」

東堂とリドレーの関係は部内一うまくいってると言っても過言ではない。だからこそ珍しく信じられないという表情をする荒北に新開はうすく笑った。嫌な顔シマスネ。そう言葉を零した荒北も未熟な男子高校生としての好奇心には負けたのだろう。素直に腰を上げて今も一方的に喋っているように見える東堂の方へ向って行った。

「……本当に、あんなうまく行くとは思わなかったんだぜ」
自分たちの関係もここまで拗れることになるとは思わなかった。新開はそっと自分の相棒であるサーヴェロを撫でて昔の東堂とリドレーを思い出した。


     *


「あーもう!! 分からん!! 何を言いたいのかむしろ何か言っているのか?! どうなんだ隼人よ!!」
「おめさん俺に聞くのかい」
「誰かに聞くでもしないとどうすれば良いのか分からんのだ……」
「今度は落ち込むのか」

珍しく声を荒げ悪態をついた東堂のその原因は簡単に想像できる。ついこの間人型化した自分のリドレーのことだろう。驚きに固まっていた東堂の服の裾を引っ張り無言で首を傾げたリドレーはとても可愛かった。持ち主に顔って影響するんだろうか……と思わず黙っていれば山も登れる美形の顔と見比べてしまったほどだ。
しかし、だ。そのリドレー、恐ろしく無口だったのだ。口から生まれたと口上にいれても良いのではと思うほどトークも切れる東堂が、何の反応も得られない相手に珍しく話題を探して言葉を詰まらせるのはある意味見物だった。

「まあ、気長に行くしかないだろ。人型化したってことは尽八を悪く思ってるわけじゃあないんだろうし」
「……それもそうか!」
「おめさん立ち直りも早いよな」

そこは良いところだと思うよ。という会話をして一か月も経っただろうか。未だに東堂がぬかに釘を打つような何の成果も得られないということに、新開は表面にこそ出さなかったがとても驚いていた。東堂は自分で言うだけあって言い回しや喋りは男子高校生の中では飛びぬけて上手だ。おまけに愛想も良い。器量も狭くない。ロードとはいえ、人格を持つものと慣れ合うのにこんなに時間がかかるとは。おまけにまだそれは成功の兆しを見せていない。

「尽八、調子はどうだい?」
「隼人よ……」

今もリドレーとどうにか親しくなろうと休憩時間に人目につかない木陰で一生懸命会話を試みる東堂に新開は話しかけた。振り向いた東堂が少し安心した顔をしたのに思わず苦笑いが零れる。その横に失礼して自分もリドレーと会話してみようと思ったが、持ち主がこの調子なのだからと思い直して笑いかけるだけに留めた。僅かに首を傾げられた。本当に無口だ。尽八と足して割れば丁度良いだろう。

「まあ、で、だ。確かに俺は音もなく加速するがな? それの影響なのか?」
「……」
「ああなるほど。それは考えたなおめさん」
「それで無口なのかと……」

喋れる相手が出来たからか少し口が軽くなった東堂は前から思っていたことを零す。

「それともあれか! この俺の美しさに」
「いやそれはないだろ」
「最後まで言わせろ隼人!!」
「……」
「むしろ逆じゃないのか? 尽八のこのテンションがうざい」

うざくはないだろう! うざくは! 多分そう叫ぼうとしただろう東堂の声が完璧な音となる前に掠れて消えた。そしてそれが気にならないぐらいの衝撃が走った。今。思わず新開と東堂は目を合わせて頷いた。そして刺激しないようにゆっくりとリドレーの方を向いて沈黙した。一秒たりとも集中を切らしてはいけない。先ほど東堂の中途半端な声に消された一文字がもう一度聞こえた。

「と……」
「と?!」

そう聞き返した東堂の瞳は、リドレーが喋ったという事実に対して驚きとそしてそれを覆い隠すほどの喜びの色で輝いていた。

「と……東堂は、かっこいい……うざくない……」
「……」
「……」

一瞬の間。新開の方を見て恐らく精一杯の睨みをしているのだと思うリドレー。やってしまったなあという気持ちと酷く可愛らしい気持ちに襲われた新開はさあどうするという目を東堂に向けた。しかし一向になんのアクションも起こさない。

「尽八……?」
「……お、」
「お?」

ようやく発した言葉は震えていた。心なしか身体も震えているような気がして新開はもう一度名前を呼んだ。おい大丈夫か尽八。

「お、おふん……」

そう意味のない言葉を発して東堂は湯気がでるのではと思うほどに顔を真っ赤に染めた。リドレーはそんな自分の持ち主をみて おふ?と言うようにゆっくり首を傾げた。おいおい。二人を見ながら新開は事態の収拾をどうするべきか遠い目で考えた。頭のどこか冷静な部分が言っていた。リドレーは変な言い回しや難しい言葉は理解できない子なんじゃないかということ、そして同じくド直球な言葉しか使えないんだろうということ。そして、自分のチームメイトが何かに堕ちた瞬間に立ち会ってしまったということを。(どういう意味かは分かりかねる)(というかあまりつっこみたくない)


     *


「新開あいつらよオ……」
「おかえり靖友。どうだった?」

疲れた顔をした荒北は深く頷いてこう言った。


■「足して2で割れば丁度良い」
リドレーが喋ったかと思えば東堂さんを素直に誉め殺してくるため今度は東堂さんの方が照れで喋れなくなるので足して割れば丁度良い


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