※メリーバットエンド(見る人にとってはハッピーエンド、バットエンドになる)
タイトルで嫌な予感がした人は注意。責任は負えません。
□全てが解決した後の話。最終回をふわっと雰囲気で捏造。
なまえという愛する人を亡くしてしまったその時、迅悠一は既に壊れていたのだ。
未来視というサイドエフェクトを持っていながら、母と死に別れ、師匠を失い、愛する人を亡くしたその人が、全てを抱えて生きていけるほど強く、辛く厳しくはあれど、世界は優しく、甘いのだと。明確な理由がなくとも、生きて守るべきものなのだと。
普通に笑い、戦い、飄々と暗躍し、変わらず暮らしていること。その時点で普通じゃないのだと、気付かずに安心していた。その全ての感覚と判断が、独断と偏見で、非日常が紛れ込んだ日常の中で、当たり前のように麻痺していた。
あの時、とうとう壊れてしまったのだと、そう後々に気が付いた。
最後の戦いだった。
最後の門が閉まり、三門市から消えていく。
「お疲れ様でーす!忍田さん」
「迅……!」
「もう大丈夫だよ。もう門は開かない。……終わったんだ」
「それは、」
「確定された未来だ」
無線機からいくらか機械的にされた迅の声が響いた。その強くはっきりとした言葉に、指令室にいたほぼ全員が少し肩の荷を下ろした。しかし安心してはいられない。まだまだやることはあるのだ。今回の後処理と、ボーダーの今後。未来視のサイドエフェクトを持ってる迅がそう言っても、万が一に規模は縮小してもボーダーは残していかなければならない。優秀な能力を持つ人間が必要なのは、変わらない。
「迅、悪いがすぐ戻ってきてもらえるか」
「あー……」
「どうした?」
「ごめん忍田さん、俺他にやらなきゃならないことがあるからさ」
その歯切れの悪い言葉に、不信感を抱くものは多くいた。また、こそこそと裏で根回しでもしようと言うのか。先程、確定された未来で、平和になったと言ったその口で。
しかし、次に紡がれた言葉は意外な人物に呼び掛けた。
「城戸さん、お願いがあるんだ」
「……何だ」
「最上さんのこと、頼んだよ」
は。思わず声を出したのは誰だったか。そんなことに構わず、迅は続けた。あと――も――。何か言っていたが、何を言っているのかが分からなかった。純粋に、意味が分からなかった。そんな、まるで、
「……迅、何を考えてる」
「なにも」
ブツリ。無線を切る音が、異常に大きく聞こえた。そして現場から次々に入る、現状報告の無線の波に消えていく。しかし、それも城戸司令直々の命令で全て後回しにされた。
「迅悠一を探せ!」
*
差し出されたそれが、なまえだった。
一歩一歩、歩を進める迅悠一。帰って来た遠征部隊が、迅悠一の存在に気付くたび、顔を固くした。入口近くにいた人間から顔を蒼白にし、迅が室内の中心に来た頃には、その場の全員が息を飲んでいた。
苦しいぐらい重い沈黙の中、A級三位の風間が動き、誰もがやりたくなかったであろう役を、同じ遠征部隊として、なまえに救われたものとして、役を果たした。差し出されるその手に光る、残酷な、
いのち。
「なまえは死んだ」
何を言われても仕方がなかった。どれだけ悲しくても辛くても、後悔しても、それは迅悠一には敵わない。どうして、なんで、こんな未来見えなかったのに……!攻め立て、詰り、批難する。その権利が迅にはあったし、なくてもそれに文句を言う人間はいなかった。
大事そうに黒トリガーを受け取って。
聞こえるのは、想像とは違う、多くの愛しさを込めた、真綿でくるんだような優しい甘い声。
「なまえ、」
その時、きっとなまえは迅悠一を殺してしまったのだ。
迅の大事なものを、持っていってしまった。壊れてしまった。
迷子の子供が親を探すかのような声だった。
誰もが迅からその黒トリガーを取り上げる役を非人道的だと思い、嫌がった。割りきって心を決めても、どちらも知らない人間ではない上、その人間に救われたのだ。ほんの僅かなその迷いでも、判断を鈍らせ、攻撃にぶれがでる。そんな状態であの迅悠一から強奪できるのものだろうか。
上層部がどういう脅しをかけることもできたが、それを言うのも口を濁らせざるを終えない。正直言うと、あの日から誰にも姿を見せない迅悠一を、下手に刺激してしまったその瞬間、死んでしまうのではとすら思ったからだ。
しかし城戸が動くその前に、意外にもそれは差し出される。
迅悠一、本人の手によって。
「ほら、いろいろ調べないといけないでしょ?違った?」
ふらりと現れた迅はいつも通りの笑顔で、はいと黒トリガーを取り出した。こちらがあっけにとられる程だった。
そして不思議なことに。
その黒トリガーの適合者は複数いたはずだった。遠征部隊の隊長と、その隊員。なまえがその力で救った人は適合しているはずだった。事実その力を使って無事帰還したのだから、確かなことだ。しかし、そのトリガーの適合者は一人しかいなかった。
迅悠一。
その結果には納得するが、適合者がそうでなくなるなんて聞いたことがない。迅が何か仕組んだのかと散々疑われたが、未だ未知の黒トリガーをどうこうできる技術があるはずがない。むしろ未知だからこそ、と最終的には納得された。
「迅、」
「ありがとう城戸司令。嬉しいよ、俺」
使えるものは使うべきという合理主義。迅悠一に対する信頼感。むしろなまえを失った悲しみの刺が、ボーダーに向かないだけ救われるだろうという"最悪のもしも"。
そして何人かは、いつも通りすぎる迅が無理をしているのでは、とその精神状態を心配し、それに賛成した。もちろんその中には、一人しか使えない黒トリガーと、Sランクのサイドエフェクトを持つ迅悠一が使えなくなるという、戦力を天秤にかけてる者もいたが。
しかし迅はそれ以降も変わらず飄々としていて、いつしかそれが当たり前で、受け入れ乗り越えられる迅悠一の強さとして、その心配はなくなっていった。
またその黒トリガーが、迅悠一のもとに帰って来たのは、偶然であり、奇跡だった。
*
「ずっと、考えてたんだ」
いつかの天羽のように更地にしてしまった警戒区域の中心で迅は呟く。いつもならこんなことはしない。けれど今回だけ。今回だけは、おれたちの始まりは綺麗な場所が良かったんだ。そう謝りながら全力を持って戦う迅の異常さに、誰も気付かなかった。最後の戦いだったのだから、尚更。これで、やっと終わる。平和に、皆幸せに、今目の前に見える世界は幸せだった。なんの憂いもない。これからボーダーはそこそこ大変な目にはあうだろうけれど、そこに必ず自分がいなければならない程の未来は見えなかった。強い、人たちだ。
「自分の命と全トリオンを注ぎ込んで作られた黒トリガー……。じゃあさ、」
それは一人言ではなく、誰かに語りかけるようなものだった。
「この黒トリガーに、
"同じものを注ぎ込んだらどうなるのかな"、」
ゾッとするようなそれは、もう問いかけではなかった。発動している黒トリガーが今以上に目映く光る。無数の宝石か星のように光るそれは、この世のものとは思えない美しさだった。
小さくパキ、パキッと音をたて始めるトリガーは限界を訴えていた。
「ああ、」
なまえという名前ではなく、黒トリガーとして、何の関係もない記号のような名前を付けられたそれ。握る手には僅かに亀裂が入り、そこから砂のようなものがさらさらと流れているように見えた。
なまえは自分のもとに帰ってきてくた。迅はそう思っていた。俺にしか使えないようになって、最上さんとの約束を果たすために選んだ、俺の最善の未来の為に。俺にしか使えないという答えを信じていた。そうしてその正解を知って、安堵した。帰ってきてくれると、信じていた。永遠に、そうであるべきだと。
それは限界を訴えながらも、正常に能力を、攻撃を発動した。黒トリガーなんかじゃない、そんな記号みたいな名前じゃない、なまえの、最後の発動だった。
"「私、たまにね――――――」"
いつか迅を抱き締めながら冗談めかしてなまえは言った。その肩に顔を埋める迅は、優しく頭と背中を撫でられていた。迅は最上さんの為にまだ死ねないな、という気持ちと単純に生きていたいという気持ち、それから――それでも良いかも、という三つの気持ちを持っていた。自分が今こうしてここにいる意味を、その三つだけが支えていた。迅を抱き締めながら、うしろに倒れたなまえに引っ張られ、ベッドに寝転ぶ二人。大胆だね、そうからかう前にまた頭を撫でられ、強く抱き締められた。泣いていないはずなのに、泣いてる子をあやすようにされると、涙が出そうだった。迅はなまえの全身で、愛されてるということを伝えられてるような気持ちになった。今度こそ、単純に思った。生きていたい。生きていたい、なまえと一緒に、
"「私、たまにね。あんたを殺してあげたくなる」"
冗談の中に確かにあった慈愛と優しさ、勇気と暖かさ。真綿でくるんだような幸福。今なら分かる。あれは、確かに、愛の言葉だった。
愛の言葉だったんだ。
チカチカと火花を散らしたそれの奥に見えるのは、綺麗な、
いのち。
最後に発動されたそれは迅悠一を抱き締めるように、
「なまえ、」
迷子の子供が親を見つけたような声だった。
君
と
心
中
■平和が降ってくる
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