ネタのコレコレの続き
※村上成主は女の子




荒船は、まだいるだろうか。
どうしてか紛れ込んでいた、おそらく学校で配られたのであろう数学のプリントを丁寧に鞄にしまい、帰り道を急ぐ。進学校らしい問題が敷き詰められたプリントは、やはり私たちとは違う。今日は本部で同年代の何人かとテスト前の勉強会をした。正確には勉強会という名の、唯一進学校組である荒船に頼る会、だが。学業の成績も優秀らしい荒船は、流石だ。このプリントも重要なものかもしれない。連絡を送ってみたものの、返事が返ってこないあたり、気付いてないな。うろ覚えの荒船の家を目指して公園の横の道を通った時。視界の端に見慣れた後ろ姿が見えた気がした。

「あ……」

思わず声が零れたのは、許してほしい。視線を横にずらしたところ、荒船が。うしろから、引き留めるように、誰かを抱き締めてる、ような。上手く情報を処理できない。ぼんやりとした頭の中、同じ制服、同じ学校か、とそこだけははっきりと焼き付けた。

もし、荒船に恋人がいたら。
他の同年代の、勘の良い奴らが黙ってはいないだろう。荒船も言いふらす奴ではないが、聞かれたことにはわりと正直に話すやつだ。ならば。

荒船、すきなやつがいたのか。
先ほど送った連絡を"ポストに入れとく"に変えて、意外と覚えていた荒船の家のポストにプリントを入れた。カタン、と静かに音をたてて、プリントが中に落ちる音。二人、同じ制服が眩しく見えた。
荒船、すきなやつがいたのか。


*



あれから、荒船に会っていない。
勉強会のお誘いが何回かあったが、行けなかった。まあお前は一人でも何とかできるもんな。穂刈がそう言って納得していたので、あまり不思議には思われていないだろう。本部にも頻繁に行くわけではないので、早く帰るように心がけると、尚更荒船には会わなかった。

「おい」

「……っ?!」

だから、久し振りに来た本部の廊下。うしろから声をかけられたかと思えば、横のドアに引きずられるように連れ込まれるとは思ってもみなかった。
条件反射のように腕を振り上げ、その犯人を攻撃しようとするが、知ってたかのように受け止められる。もしこれが戦闘であったならば、追撃を繰り出していたが、その前に犯人が誰だか分かり、抵抗しようとしていた手が止まる。

「あ、荒船……」
「……」
「……い、いきなり何をしてるんだ……驚くだろ、」

まさかの犯人に違う意味で目を丸くする。冷静になれば、連れ込まれた場所が、荒船隊の隊室だということが分かる。ぼーっとしすぎていて、先程まで歩いていた廊下が、荒船隊の隊室の近くということを失念していた。いや、それにしても……、な、何をやってるんだ荒船……。

「お前こそ、」
「……?」
「俺を避けてるだろ、なまえ」

「は、」

指摘されるとは思わなかった言葉に、心臓が飛び出るかと思った。不意打ちで隠せなかった動揺が表に出たことで確信したのか、ピクリと眉を上げる荒船は、攻撃を防いだ時から掴んでいた腕ごと、先程入ってきたドアを背にする私をそこに押し付けた。

「どういうつもりだ」
「……荒船、近い」
「もし俺が何かしたってんならそれは謝るが、心当たりがないのに避けられるのは気にくわねぇ」
「っ、荒船……!」
「……」

「わ、悪い。私、来馬先輩と太一を待たせてるから、」
「……」
「……」
「……ああ、」

それなら問題ないな。お前を借りるって言ってある。

最初から不機嫌そうだった声音が、また少し低くなって落とされる。私の腕を掴む力が僅かに強くなって、一歩距離を詰められる。近い。真正面に立つ荒船の顔が見れない。
あいてる片腕でぐいぐいと荒船を突き放すが、びくともせず、むしろまた間隔を狭められる。あまりの用意周到さに返す言葉もない。最初からこのつもりだったのか、どうしてそこまで。

誰にも気付かれてないと思っていた。だから動揺してしまった。
私はあまり顔に出るタイプではないし、むしろ鉄仮面に近い。穂刈たちだって疑わなかった。そもそも本部に来ることが稀だ。
言わなければ、動揺しなければ、分かりづらい私のことなんか、誰も気づかないはずだ。なのに、なんで。

「おい、なまえ」

今までで一番耳に近い声に、身体がビクリと反応してしまう。
荒船の声が、行動と同じように私を追い詰め、攻め立てる。なんで。

なんで、お前だけが気付くんだ。

なんて、それは流石に自惚れが過ぎるか。
……当事者なら、気付くほどのものだったのかも知れない。
胸がきゅっと締め付けるように痛かった。こんなに、私に女の子らしい部分があるとは思ってもみなかった。冷静に分析する自分と、くしゃりと顔が歪む私がいた。

「なまえ……?」

滅多に表情が崩れない私がそんな顔をしたからか、今度は荒船が驚いたようだった。
その隙に、掴まれてない方の腕でトリガーを起動して、荒船を軽く突き飛ばす。荒船隊の隊室は、入ってすぐ、打ち合わせに使われる机がある。突き飛ばされたせいで、うしろの机に腰を打ち付けた荒船は、手加減していても、生身に対してトリオン体の力が強すぎたのかもしれない、うめき声を上げた。傷む胸に、罪悪感が足される。それでも、もう、止まれないことを私は知っていた。

「いってぇ……おい、おま、えっ?! おい……っ!」

「……」

荒船、好きだ。好き。大好き。
人の努力を盗むと思っていた。こんな私に教えてくれた。そして言ってくれたこと、忘れたことがない。私が楽しくなって、どんどんいろんなことを覚えていくと、周りには誰もいなくなるのに。それが当たり前だと思っていたのに。私が楽しくなっても、そこにいてくれた。

"他人の能力を盗んでるだあ?俺の教えかたがうまいんだよ!自惚れんな!"
荒船。


トリオン体だったら、まだセーフだろうか。許してくれるかもしれない。そんな打算的なことを考えてる自分が本当に嫌だった。
先ほどの荒船のようにずいっと距離を縮めると、今度はひるんだ向こうが距離を取ろうとした。机のせいでうしろには下がれないが、僅かにのけ反る荒船。トリオン体を解除して、その顔に身を乗り出すように近づくと、目に見えて動揺した荒船は、それでも私の両肩を掴み、私の動きを制限した。
分かってはいたけれど、確かな拒絶に涙がこぼれた。その雫を見て、今度こそ荒船は目を丸くして固まった。優しい荒船。隙だらけだ。

荒船。
同じように思ってもらおうとは一度も思わなかった。
私のことを好きになってもらわなくても良かった。
この気持ちに嘘はない。本当だ。
私は可愛くもないし、女の子らしくもない。己の分は弁えている。私がこんなに好きなのだから、 他の人だって荒船を好きになる。それなら、もっと相応しい相手が他にいるのは分かっていた。時間さえあれば、その事実を私はきっと受け入れられる。

けれど。それでも。
考えなかったわけではなかった。あわよくば。

固まる荒船に、自分の唇を押し付けた。

荒船。
私のこと、好きになればいいのに。





■(荒船哲次は壁ドンもする)
2015/10/30




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