ネタのコレの話
※村上成主は女の子




荒船が好きだ。
好き。好きだ。大好き。本当に、好きだ。
でも荒船に同じように思ってもらおうとは、一度も思わなかった。



「なまえさーん!お水持ってきまし……っうわあ?!」
「太一?!」

太一の叫び声とともに、その両手にあったコップは地面に落下した。プラスチックでできたコップが、軽い、間抜けな落下音を出した。お昼時を少し過ぎたとはいえ、まだ人が多いボーダー本部の食堂。太一と昼食をとりに来たが、予測範囲内の出来事に軽く頭を抱える。 叫び声に反応して集まった周囲の視線が痛い。軽く頭を下げて誤魔化すと、何となく察したのか、苦笑いをされ、すぐに注目が解けたことがありがたかった。

「注文したメニューは私が持っていくから、先に席をとって待っていてくれるか?」
先程カウンターで言ったこの言葉に"危ないから" "大人しく"の二つを付け加えておくべきだったか、と考えて、すぐにその考えを打ち消す。同じことだっただろうな。代わりに飲み水を用意しようとしてくれた太一は、悪い子ではないのだ。
慌てて立ち上がろうとするも、水浸しの床の上で、滑っては転ぶ太一。二次被害がでる前に片付けなくてはいけない。受け取ってきたばかりの料理で、私の両手が塞がってしまっているこの状況。

「大丈夫かなまえ」

私がここから少し離れている間に、どんな被害が起こるか分からない。どうしたものか。そんな私の思考を読み取ったのか、すぐ近くから声がかかった。丁度近くに座っていた穂刈が笑いながら、自分のテーブルを指差していた。

「悪い。穂刈、少しいいか」
「どーぞどーぞ。別に半崎と荒船待ちだからな」

お言葉に甘えて、一時的に私たちの昼食を置かせてもらった。その間に穂刈が太一に手を差し伸べた。

「ほらよ」
「太一、大丈夫か?」
「い、いたた……大丈夫ですなまえさん。すみません穂刈先輩……」
「別に気にするな。それより、服が濡れたな」
「少し拭いておいで。私はその間にここを片付けておくから」
「そ、そんな悪いですよ……!俺が!」
「それこそ気にするな」

穂刈と私の声が重なった。食堂の人に聞けば雑巾かモップぐらいはあるだろうし、大した労働ではない。申し訳なさそうな顔をする太一の服を軽く払ってやり、ずれた帽子を整える。

「お母さんみたいだな」
「穂刈。……ゆっくりでいいからな」

そう言って、私が掃除道具を借りに背を向けたときだった。

「……あ、じゃあ俺、飯運んどきますね!」
「?! い、いやそれより服を……というかここで食べれば、」
「やだなー穂刈先輩!心配しすぎですよ!これくらい……っと、」
「太一!」

まさかの提案に足を止め、慌てて振り返ると、真っ青になって止めようとする穂刈とお盆を持ち上げようとする太一がいた。気持ちは分かる。片付けが終わってすぐ食べられるよう、とっておいた席に持っていってくれようとしたんだろう。気持ちは分かるんだ。
こんな時に限ってざる蕎麦ではなくあたたかい天ぷら蕎麦を頼んだ自分を後悔する。なんで好物にしなかったんだ。
走って太一の元に戻ろうとするが、気にした様子もなく歩き始めた太一は案の定というかなんというか。どうしてそうなる、と言いたくなるぐらいに高く放り出されるお盆。バランスを崩した太一に降りかかる熱い汁を想像し、咄嗟にそれを守ろうと太一を自分の下に引き込んだ。

「……っ!」

ガシャン。先程とは比べ物にならない派手な落下音。しかしその音と同じ衝撃が私を襲うことはなかった。軽く息を詰めるような声。

「あ、あらふね……?!」
「荒船さん?!」

「……っ、何やってんだお前らは」

私も反応が遅れるぐらいの一瞬で、間に立ちふさがった荒船が、落ちてくる脅威を腕で払った。片方の腕と肩を重点的に濡らして、私の目の前にいる。
き、利き腕……!冷静になった視界に飛び込んできた情報に、全身の血の気が引いていくのを感じた。

「荒船、腕……!」
「あ? ああ、大丈夫だ。こんくらい」
「大丈夫じゃないだろ! お湯だぞ、火傷、」
「する程じゃない。 ……それより、」

濡れている部分を避け、腕を掴みながら荒船の状態を確認する。慌てる私と対照的に、被害を被ったはずの荒船は、随分と冷静だった。
くいっと顎を持ち上げられて、荒船の腕から顔へ強制的に視界が変わる。

「……? ……な、なに、どうしたんだ?」

まじまじと上から下まで観察されるように見られ、疑問符が飛ぶ。状況が飲み込めてない私の姿に、表情も変えることなく、顔に添えられた手を解放した荒船は何事もなかったかのように私の横を通りすぎる。

「一応救護室行ってくる」
「あ、わ、私も着いて行く……!」
「片付けあるだろ」
「っ、」

ひらりと手を振っていく荒船の背中を見て、一瞬、先程庇われた時と同じ気持ちになった。不謹慎にも。

「荒船、かっけー……」

穂刈が呟いたその言葉に、心の中で何回も頷いた。
庇われたあの一瞬、目があったような気がして。思わず反応が遅れてしまうぐらい。全てがスローモーションに見えた。一瞬が何十秒にも見えるぐらい、荒船が、かっこよくて。


荒船、格好いい。格好いい。好き、好きだ。荒船。
私のことを好きになってもらわなくても良い。
荒船が、好きだ。






■荒船哲次による村上なまえが無事かどうかの全身チェック(上から下まで)(顎クイもする)。





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