俺と京介はご近所さんである。中学三年までは知らなかったレベルだから、近いってわけでもないが、通学路は同じだ。だからたまに俺が京介の家に行くことも、京介が俺の家に来ることも、別に変なことではない。まあ京介は忙しい人間なのでそんなことは滅多にないけれど、俺の母さんは面食いなので、京介がくるとそれはもう喜ぶ。初めて京介を家に連れて行った時なんか、でかした!なんて大きな声で言われ、随分恥ずかしい思いをした。つまり、京介は俺の母さんのお気に入りなのだ。

「なまえ―、あんたこれ、京介くん家に持って行ってー」
「めんどくさ……」

間違って作りすぎたとか絶対嘘だろ……きっちり容量分量はかって作っただろ……。
美味しそうな匂いをさせるタッパーを紙袋に入れて、日も落ちかけた外に出る。暫く京介はボーダーで学校に来ていなかったから、行ってもいないんじゃないだろうか。確信に近い気持ちでそう思った。京介が連続でいないことは滅多にないけれど、たまにあることだ。上の学年の先輩は一週間程いない時もあるらしいから、やっぱりボーダーは忙しいんだろう。まだ高校生なのにブラック企業もびっくりだな。母さんには残念だけれど、京介より、京介の可愛い弟や妹の腹に入ることを思うと、まだ少し前向きな気持ちになってくる。一応京介の携帯に連絡を入れておくか。携帯を操作しながら、暇つぶしの音楽を聴くためにイヤホンをはめた。





京介の家に行くと、それはもう熱烈歓迎された。そろそろ俺イコール食べ物という方式が成り立っているんじゃないだろうか。早々に挨拶をして引き上げたが、京介家を出る頃には、まだ辛うじて残っていた日も暮れ、もう薄暗く夜を迎え始めていた。
イヤホンから流れる音楽に耳を傾けながら、なんとなく、京介は今何をしているんだろうと思った。

「っ、……なまえっ!」
「うおっ」

急に引っ張られた腕に驚いて、バランスが崩れる。けれどその前に身体を支えられて、倒れることなく振り向くことができた。

「京介」

耳にはまったままのイヤホンを外すと、京介の少し荒い息が聞こえた。

「どうしたんだよ、大丈夫か?」
「……大丈夫。、もう俺の家には行ったのか?」
「その帰りだよ」
「そうか。送る」
「え」

歩き出す京介の背中を、慌てて追いかけた。別に、疲れてるだろ、良いって。いくつもの断り文句が出てきたけれど、京介は変なところで律儀なので、折れることはないだろうと思い飲み込んだ。

「今帰りだったのか?」
「ああ」

見慣れているようで、見慣れない京介の青いジャケットを見つめた。俺も、一度受けたことがある。落ちたけど。ボーダーで、支給されるんだっけか。着替え、持って行かなかったのかな。そんなことを考えていると、あっという間に俺の家の近くまで来てしまった。なんだかんだ沈黙が多くなってしまったのは、何故だろう。

「ここでいいよ。ありがとな、京介」
「ああ、こっちもありがとな。なまえのお母さんにも伝えといてくれ」
「りょーかい」

ひらりと手を降って、今度は俺が京介を見送る。

「……今日、」

少し進んだところで京介は足を止めて振り返った。珍しく少し言いよどんだように話す京介に、首をかしげる。

「どうした?」

「しばらく会ってなかったから、今日、会えればいいと思った」




京介を見送って、ずっと見てなかった携帯を開くと、一件連絡が入っていた。俺の送ったものに対する京介の返事。母さんのお裾分けを持って行くこと。ボーダーにいるだろう京介へ気にしなくて良いから、お疲れ、なんてメールに一言だけ。


すぐ帰る。

「……ばーか」


今すぐ失恋したいと思った



「なまえ、これ」
「あ? なに?」
「タッパー。一応洗ってあるから。飯ありがとな」

周囲が一気にざわついた。

「こいつん家!!大家族だから!!!!」

母さんが持って行けって。





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