※相互依存
ちょっとおかしい

太刀川慶の遠距離恋愛とは


久しぶりに
家に帰るか


寝起きのぼさぼさになった
頭をかいてそう思った。


隊室のソファーで寝てしまったせいで、すっかり身体が固くなってしまった。大きく伸びをしながら、のそのそと顔を洗いに行くと、そこでようやく顔を拭くようなタオルがないことに気付いた。……まあいいか。自然乾燥、自然乾燥。顔をびしょびしょに濡らしたまま、置いてある歯ブラシで歯を磨いていると、ドアが開く音が聞こえた。

「うわ、太刀川さん。また隊室に泊まったんですか」
「いひゅみ」
「うがいしてから喋ってください」
「へいへい」

水場から顔を出すと、いつもの学生服ではなく、ちょっと変なTシャツを着た出水と目があった。言われた通りに顔をひっこめて口をゆすいでしまうと、出水の呆れたような文句が聞こえたような気がした。
口をシャツの裾で拭きながらまたのそのそと水場を出ると、さっきまで毛布代わりにしていたブランケットがソファーの下でくしゃくしゃになっているのが見えた。さっき起きた時には気付かなかった。あ、と思う前にタイミング良く拾った出水がそれを適当にソファーに投げた。片付けないところが俺と一緒だよなー、と思いつつ貰い物なんだからあんまり乱暴に扱ってくれるなよ、と思わず半目になった。

「お前今日なんで私服なの?」
「……それ本気で言ってます?休日だからですよ」
「ああ、土曜日か」
「太刀川さんちゃんと学校行ってますよね……?」

大学生になると曜日感覚なくなるよな……ぼやきつつ携帯を開いて、日付と時間を確認する。ついでにメールを開いてもうすっかり慣れてしまった動作で短い文章を打ち出すと、確認もせずに送信ボタンを押した。てっきりキツい目で見られてると思ったが、顔をあげると、出水はもうこちらを見ていなかった。それはそれでなんか……。

「今日明日、任務なかったよな」
「珍しく。ありがたいっすけど暇っちゃ暇ですよね〜」
「そうだな」
「だから午後は槍バカと模擬戦の約束してるんすよ」

持ってきたエナメルの鞄から教科書やノートを取り出しているのを見て、俺も片付けないといけない課題があったような気がした。気がしただけだった。
学校も任務も休みというのは、溜まった課題を片付けるのに丁度良いと思う。出水のように、家でやればいいことをわざわざ持ってくるのは、こっちの方が集中できるからだろう。おまけに気分転換もできる。一日オフなのに、結果模擬戦をするなんて戦闘狂のようだ。……人のことは言えないか。いつもなら俺も課題はしないが、後半は大抵出水と同じだ。

「出水、俺この二日家に帰ってるから」
「はあ……。帰れば良いんじゃないですか?」
「何かあってもちょっと遅れるからな」
「は?」

出水も俺が当然のようにそういう過ごし方をするのだろうと思っていたはずだ。
太刀川さんの家って警戒区域の近くでしたよね?返って来た言葉に笑った。警戒区域に近いせいで、家賃が格段に安い古くさいアパート。よくレポートの手伝いに引き込むし、見返りにたまり場にもされる。ごちゃごちゃしてるせいで狭く感じるそこは、確かに俺の家だ。けれど、帰るところはそこじゃない。

「実家にでも帰るんですか」
「……そんなとこ」

いそいそと帰り支度をしてドアをくぐる。どれだけ圧し殺そうとしても、声は弾んでしまった。






遠いわけではないが、近いわけでもない。だけどこれが限界の遠距離だ。
三門市のすみっこ、いくつか電車の駅を通りすぎて、もう三門市の中心よりは隣の市の方が近いところ、そこに俺の帰れる場所がある。実家ではない。俺のアパートよりも真新しく、セキュリティもしっかりしているそこは、俺が半分金を出している、正真正銘ただの借り家だ。今更ながら何か手土産でも買ってくれば良かったかもしれないなんて、似合わないことを思った。

「ただいまっと」

普段言わない言葉は少し変な感じがする。返ってこない返事に首を傾げて、ポケットにある携帯を取り出して見てみると、なんの着信も告げていなかった。先程送ったメールの返事も。
出掛けてるのか仕事なのか。まさか。
少し不満に感じながら、リビングまで足を進めて、気が抜けた。
大きめのソファーに身を沈め、どこかで見たようなブランケットにくるまって、寝息をたててる姿を見るのは何日ぶりだろう。何ヵ月ぶりか。
そっと顔にかかった髪をのけると擽ったそうに動いた。久し振りのなまえだ。

「ただいま、」

俺は滅多に帰ってこれないけれど、ここは俺となまえの家だ。二人だけの家。
床に膝をついて、ソファーで眠るなまえの頬を掌で覆う。唇をあわせた。これで起きてくれたらなあ、なんて自分でも分かる頭の悪いことを考えた。頬をするすると撫でた。なまえ。

なまえの両親は随分前に三門市から出て行った。しょうがないことだ。なまえも三門市から出るように散々言われて、でもそれは俺にとって信じられないことで。

どうせ離されるならどうして最初から一緒に居させたんだ。俺が守るからなんて無責任なことは言えない。安全を考えたらそっちの方がいいかもしれない。いや、三門市以外でも、行方不明になる可能性が0なわけじゃない。ならここに居た方が、きちんと対処される。珍しく俺が何回も何回も頭の中で屁理屈をこねて、こねて、結局できあがったのは我が儘だった。おれ、おまえがいないと、いきにくいなあ。

そこはいきていけないじゃないのかよ。そう笑ったやつのおでこを弾いて頬を摘まんだ。うぬぼれるなよ。──自惚れてくれ。ちょうしにのるなよ。──調子にのってくれ。お前、そう簡単に三門市から出てこれないもんな。──そうだな。ここ以外はもうどこにも会いにいけない。行けたとしても一年に一回か何年に一回か。何日一緒にいれる。許されるのはどれぐらいだ。俺の我が儘で引き留められた家族思いのなまえは、つまりは折半案で、できるだけ中心から外れて、こんな隅っこで息をしてる。

「ん……」

瞼がぴくぴく動くのが見えて、もうすぐ目が覚めそうだった。無防備に唇が半開きになったのを見て、頭の下に手を回してぐっと引き寄せた。
うっすらと開いた瞳に俺が映ったと同時にもう一度唇をあわせた。舌も入れた。

「っ?!……は、んんっ……」

驚いたように身体を固くしたなまえが、すぐくたりとしたのを支える腕で感じて、流石に寝起きはまずかったかなーと少し思った。いつもより早く酸素が足りなくなってるなまえを解放する。とろんとした瞳からこぼれる涙をぬぐった。

「はっ、おま、慶……」
「ごめんごめん」
「ごめ、じゃ……ないだろ……」

そう言いながら首に手を回すなまえの背中に俺も手を回す。なまえの頭が浮いて、開いたスペースに座り、改めてなまえを膝の上に抱き上げた。俺のせいで不機嫌みたいだ。

「お前いつ帰ってきたんだよ……」
「さっき」
「手ぇ出すのはやっ!」
「誤解のある言い方!」

不機嫌な顔にお構いなしに肩に頭を押し付けてぐりぐりすると、甘えるなキメェと辛辣な言葉が返ってきた。酷い。

「お前帰ってくるなら帰ってくるで連絡は」
「ちゃんとしたのに……」
「あ?」

なまえの目線がテーブルの上に置いたランプが光る携帯にいき、少し罰が悪そうに戻ってきた。

「……遅いんだよ」
「流石に酷い」
「あーハイハイ、悪かったよ。ヨシヨシ」

あからさまに適当になだめられたのに、頭を撫でられれば気分は和らぐ。本当になまえは俺の扱い方を分かってる。

「でも今日二人分作れるほどメシねぇぞ」
「外食する?」
「金ない。パス」
「奢る」

ぐっとなまえの眉が寄ったので、その眉間に指を入れると思いっきり叩かれた。
なまえは、俺がここの家賃を折半してることにすら納得してないので、俺が金を出そうとすると、もっと機嫌が悪くなる。めったに帰ってこない、住んでないと言った方がいいやつが、家賃を払うのはおかしいらしい。俺の我が儘でこいつはここにいるのに。真面目というかなんというか。引き落とされる俺の口座には、毎月きっちり残りの半分が振り込まれる。通帳に出るそれが好きで、通帳記載だけはきっちりしてるので、よく驚かれる。なまえと俺の、確かな繋がり。

「くそ、買い出し行くか……」
「俺も行こうかな」
「ハイハイ太刀川慶くん、そう言うならさっさと離そうな。俺を」

久し振りになまえの飯が食える。知ってて地雷を踏んだかいがある。
でもその前に。

「……慶」

なまえが呆れながらも諦めたようにこちらを見た。久々に会えてそれだけじゃ寂しいだろ、なあなまえ。

「ただいま」
「……おかえり。手加減しろよ、」


遠いわけではないが、近いわけでもない。だけどこれが限界の遠距離だ。
これ以上、もうどこにもいけない。




■太刀川慶の遠距離恋愛とは執着である
12/21が遠距離恋愛の日だと聞いてやってしまった……



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