※辻くんの女子苦手な理由捏造 コレの間をとってみた
見る人によっては近親相姦チック






思春期に差し掛かり、女子という性別を意識するまで、女という存在は口煩く横暴で、すぐ自分を小間使いにするような、姉のようなものだと思っていた。

姉は昔から自分とは違い、快活な気質で、男女ともに友人が多いような、そんな社交的な人間だった。その為、学校では知りもしない先輩に、姉の弟ということで話しかけられ、家には姉の女友達が遊びに来ては、姉に飲み物だのお菓子だのと使いっぱしりをさせられた。前者はそんなに頻繁ではなかったことや、顔がきくと多少便利なこともあったので、別に嘆くほどのことでもなかった。けれど、いくつになっても日常的に続く使いっぱしりには、ほとほと嫌気が差していた。何回も繰り返すと、姉の友人が「弟くんごめんねー」「辻ちゃんも食べていきなよー」などと慣れたように絡んでくるのを不快に感じながら、謝るぐらいなら姉を止めてくれればいいのにと、ああ女というものはこういうものなのだなと思い至った。何分、小さい頃は同級生でも女の子の方が強かったのだから、しょうがないことだった。



「辻くん、今日日直なんだけど……」
「っ、……あ、」
「…………」
「…………」

話しかけられたことに驚いて、声がでる。けれどそれ以上意味のある言葉を発することができなかった。差し出された日誌に視線を落として、気まずい沈黙が続いた。
話しかけて来たのは、出席番号が俺の一つ前で、姉とは正反対な、ふんわりとした穏やかな印象を持つ女子だった。もちろん彼女が俺に危害を加えたことはない。
けれど沈黙が続くこと、イコールで彼女が長くここに留まるということに気付き、震えそうになる手に力を入れて、日誌を受け取った。そのまま自分の机の上に落とすと、まるで大きな仕事が終わったかのように力が抜ける。

「あ、あの、えっと良かったら……」
「……」
「わ、私日直手伝おうか?!」
「?!」
「ほ、ほら、今日もう一人の日直さんお休みでしょう?一人じゃ大変だと思って、ボーダーで呼び出しとかあったらあれだろうし、」

二人一組で日直を行う俺のクラスでは、もう一人の日直が今日は休みらしい。その情報に日誌をめくり、本来のもう一人の日直を確認してみると、女子の名前が書いてあった。……。無言でパタンと閉じると心の底から休みで良かったと思い直した。

「あ、あの……」
「!」

そういえば話しかけられていたんだと、日誌の表紙から顔を上げようとして、女子だった、と体が固まる。女子に話しかけられると、まるでそれは自分に向かってではないような、ガラスの向こう側を見ているかのような感覚に襲われる。それ現実逃避っていうやつ。いつか一つ上の先輩に言われたように、現実味のない感覚に逃げたくなるのだ。

「……」
「あ、そ、そうだよね……。ごめんね、余計なこと言って」

大丈夫だよ。ありがとう。問題ないよ。
いろんな言葉があるというのに、どれ一つ口にすることもできず、変わらない体勢のまま首を振ると相手は申し訳なさそうに俺の前から去っていった。そのあとから聞こえる声から察するに、友人の元へ行き雑談に入ったようだった。
謝る必要もないのに謝らせてしまった。
罪悪感とそれを上回る安堵に包まれた。

「辻お前可哀想だろ〜」
「あんな可愛い子前にして勿体ねえ」
「そんなんじゃないよ」

昔、女子というのは口煩く横暴で、すぐ自分を小間使いするようなものだと思っていた。団結が強くて、集団だと男の肩身は狭い。そういうものだと思っていた。けれど中学生に高校生にと上がっていくにつれ、徐々に変わっていったように思う。
さっきの女子だってそうだ。昔の姉や姉の友人とは違う。そういう女の子が世の中に沢山いる。それは俺にとって衝撃だった。
クラスメイトが小突くように俺の頭の上に肘をかけて、体重を乗せてきた。

「お前モテるのに興味ねぇの?」
「辻はクールで売ってるからな」
「なにそれ。モテてないって」
「はあ〜〜?」
「喧嘩売ってる」
「売ってない」

まともに会話すらできないのに。
女の子というのは自分が思ってるよりずっと小柄でか弱い。手首なんか触れたら折れそうだし何でか甘い匂いがしたりする。男である自分とは全く違う。そういう女子もいるのだと思うと、 なんだかとたんに恥ずかしく思えた。目を合わせることも、会話をすることも気恥ずかしくていた堪れない。決まりが悪くてどうしようもないのだ。

「……女の子は壊れそうだから、」

だからといって、自己主張が強い噂好きで……良く言えば気さくな、教室の中心にいる女子だって姉を思い出して苦手だ。おまけにああいう女子は大抵怖い。たまに聞くに耐えない言葉を平気で口にするものだから逃げ出したくなる。そういうところだけは、竹を割ったような性格の姉にはなかったところだと思う。
そう考えを巡らせていると、気が付いた時にはすっかり、それはもう自分の拙さが嫌になるぐらい、女子という存在が苦手になっていたのだ。








「しんのすけ」
「……姉さん」

玄関に華奢な白いヒールがあって、珍しく姉が先に帰っていることを察した。リビングに向かうと、冷蔵庫から牛乳を取り出した姉が、気が付いたようにこちらを向いた。冷蔵庫の扉を閉めることなく姉が笑う。シュークリーム買ってきたよ、食べる?そう言って首を傾げたせいで、さらりと肩に髪が流れて落ちた。姉の髪は随分長くなった。

「……食べる」
「手 洗ってきてね」

シュークリームを冷蔵庫から取り出した姉は、機嫌が良いみたいだった。ソファーに向かった姉が歩くたび、クラスの女子より長いシンプルなスカートが揺れた。姉はあまり短いスカートも履かなくなった。
顔を洗うように冷たい水で手を洗って、鈍った思考から目を覚ます。
昔の姉は、快活で明るい派手な人間だった。今だって別に、その性格が変わったわけじゃない。けれど昔と違って、随分丸くなったというか、物腰が柔らかくなったというか。どちらかといえば、そう、今日話しかけてきたあの女子に近くなったのだろう。だからといって、俺がああいう女子に慣れるわけではないのだけれど。

「いいとこのシュークリームだ」
「でしょ。奮発しちゃった」

俺を待っていたシュークリームは、昔から知っている駅前で有名なケーキ屋のものだった。その代わりちょっと高くてあまり食べることもない。少しテンションが上がったのが伝わったみたいで、姉に悪戯っぽく笑われた。
二人で並んでシュークリームを食べながらテレビを見る。テレビの中では夕方のニュースをやっていて、今日の出来事だったり、遠い事故や天気予報を告げていた。あ、 新之助、テッシュ。使いきった箱をぶらぶらさせながら姉が言った。食べてる途中でも、最後に使ったのが俺じゃなくても、俺がいる限り新しいのを持ってくるのは俺の仕事になる。しぶしぶ席を立ち、新しいものを持ってくる。

「嵐山隊だ」
「ああ」
「私准くんと同じ大学なんだよ」
「知ってるよ。……准くん?」
「こーはい。ボーダー隊員が身内にいるしね。同じ講義とってて結構仲良いよ」
「……」

行儀悪く姉がぱたぱたと足を振るせいで、視界の端でスカートの裾が揺れていた。視線はテレビに映るボーダーの嵐山隊に向けたまま、動かすことはない。相変わらず、男女ともに知り合いが多いようだった。

「……姉さんって、服の趣味変わったよね」
「え、いきなりどうしたの?」
「なんとなく」
「……まあ女の子は大人になれば大抵変わるよ。そんなものなの」
「そんなもん……」
「大学生なんて高校生からしてみればオバサンでしょ〜?高校生の時みたいに冒険はできないよ」

オバサンは違うだろう。
ああ、けどそんなもんなのか。女子というのはたった二年で、そんなに変わるものなのか。自分はそこまで変わる気がしないけれど、新たな怖さを知ってしまった気がする。

「それより新之助。今度友達連れてくるからね」
「また?」
「いーでしょ、別に」
「……女の子?」
「……」

ああ、男を連れてきたいんだな、と分かった。
今年で大学二年生になる姉は、一度一人暮しをするために家を出て、半年前に戻ってきた。
半年前。半年前は、所属していた俺の隊が、ある理由で降格処分を受けて、B級に落ちた頃だ。いろいろなことがあって、周囲のあらゆる感情が面倒で。けれどその理由を話すことも、相談をすることも、不服を吐き出すことすら、許されなかった。あまり表情にでないことをいいことに、隠しきっているつもりで、相当参っていたのだろう。親に言われた可能性が高いけれど、どうやらそのことを小耳に挟んだ姉が、こうして家に帰って来た。
俺が女子を苦手になる原因を作った姉だ。
正直、心底安心した。

「……姉さん」
「しんのすけ、」

丁度テレビで、今大きな話題になってる近界遠征の話を始めたのを良いことに、ため息をついた。ボーダーの仕事がどうなってるか、一般市民に属される姉は、深く知ることができない。情けなく顔を沈めると、纏う空気すら重く哀しくなったようだった。そうなると、姉さんは決まって俺に優しくなる。それは半年前に知ったことだ。半年前と違うのはただ一つ、これが本気ではないということ。姉さんの目に、こんなにわざとらしい俺は、どれだけ痛ましく映っているのだろう。
すがりつくように姉さんにもたれ掛かると、姉さんは俺の肩を抱いて慰めた。あとはもう、弟の特権で甘えるだけでいい。

「ねえさん おれ、いやだな」
「うん」
「大丈夫って、」
「大丈夫だからね、新之助」

大丈夫と言って欲しいとねだる前にあっさりと姉は言った。
それでこそだった。
姉は確かに俺を使いっぱしりにして、横暴で、口煩い。けれどずっと優しくないわけじゃなかった。近所でも怖いと有名な犬に追いかけられた時、周りも逃げる中、姉だけが俺を守って立ち向かってくれた。迷子になった俺を探して走り回ってくれたこともあるし、割ってしまったお皿を自分が割ったと庇ってもらったこともある。いつも冷たい人に少し優しくされると、良い人思えるってやつなのかもしれないけど、俺は別に、昔から姉のことが嫌いなわけじゃなかった。
そんな姉が、角がとれ丸くなって、女の子のようにふわふわとして、甘い匂いをさせている。小柄で今にも折れそうな身体をして、いつの間にか俺よりも随分小さくなって、それでも俺を守っている。昔も今も、そういう人だった。
どうしようもなくどちらの性質も俺の苦手な女子なのに、羞恥も恐怖も感じない。
この人に、俺より優先される人が出てくるのだと思うと、どうしようもなかった。

「しんのすけ、」
「……うん」

これで暫くは、俺が心配で、家に誰かを連れてくるどころではないだろう。ああ、逆らうという発想すらなかった、よく言うことをきく、良い弟でいて良かった。






■言われるまでもなくシスコンです。



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