可愛がっていた自らの後輩に告白をしてしまった。
そして付き合った。

それだけならまだ甘酸っぱい一文だ。
でもそれに罰ゲーム、気持ちの伴っていない、を付け加えると、途端に汚ならしい最低最悪な行いだ。

「……はあ、」
「風間さんまいってるなー」
「うるさいぞ」
「怖っ」

勝手に目の前の席に座った太刀川を睨み付ける。が、ここから居なくなる気はないらしい。
そもそもの原因はこいつなのだから、これ以上俺を苛つかせる前に消えて欲しい。むしろ退場させるか、人生から。

そんな俺の心中を知るよしもない太刀川は、呑気にからからと笑った。

「でも案外悪くないと思ってるんでしょ?」
「……」

そう、一番の悩みどころはそこだ。
そんな気持ちは持っていない、それなりに可愛がっていた後輩、のはずだった。

けれど、成り行きで付き合ってしまったその後輩は、恋人として、案外悪くない。むしろ良いとすら思ってる自分がいる。

俺を見ると途端に嬉しそうにする表情はむず痒い。

「いいじゃないですか。俺から見れば罰ゲームでしたー、なんて言わなければ丸く収まる気がしますけど」
「……言ってくれるな、」

美味しそうに飯を食う。両手でグラスを持ってお酒を飲んでは幸せそうに笑う。
そんな顔をするのだと、初めて知った。同時に、他の誰かにもこの表情をする可能性を思うと、惜しいと思った。俺が相手だからかもしれない。そんな自惚れを持つと、本当のことが言えなくなった。
俺が悪いが、泣き顔を見るのは本意じゃない。

「そんなトゲトゲしないでよ風間さん……」
「レポートなら手伝わない」
「……」

けれどそれはそれだ。太刀川は随分勝手に言ってくれる。
こんなのはただの情だ。いずれ間違いにはボロがでる。
伴っていない感情のまま付き合って、何が生まれるというんだ。



*




「俺、なまえさんのこと結構好きなんすよね」

「……だからどうした。何故それを俺に言う」
「だって今風間先輩と付き合ってるんですよね? でも別に大丈夫すっよね? だって罰ゲームらしいじゃないっすか」
「……」

話しかけてきた男は知らない奴だった。ヘラヘラした笑いが鼻につく。爽やかな好青年にも見えるが……軽いな。
どこで立ち聞きしたのか、俺となまえの関係を知っているようだった。

「礼儀のない奴に言うことは何もないな」
「……風間さんがどうするつもりか知らないっすけど、なまえさんがそれを知ったらショックですよね? 百年の愛も冷めるっつーか」
「……お前には関係のないことだ」
「どーせ報われないのに風間さんに使ってるなまえさんの時間が勿体無いじゃないっすか、失恋のあとって楽だしだったら俺がって思うんすけど、」

減らず口を叩く男を睨み付けると、そこでようやく男は黙った。
まだ何か言いたかったようだが、怖じ気づいた様子の男から視線を外す。それに簡単に引くことはできないと思ったのか、軽くにらみ返してくるような気配がした。

「……俺が最初に目ェ付けてましたから」

だからなんだ。
勘に触る男を完全に意識の外に追いやる。

……報われないのに俺に使ってる時間が勿体無い、か。
全くその通りだった。





「別れたあ?!」
「ああ」
「ちょ、ちょっと風間さん、マジで?」
「マジだ」
「風間さんマジって言うんだ……じゃなくて!」

そんな所でのらなくて良いから!
訳がわかない顔をして太刀川が叫んだ。

「分からないなあ……風間さんどうして別れたりしたんですか」
「なるべくしてなったことだろう」
「うーん……結構お似合いだと思ったんだけどなあ……。というか風間さんはなまえさんが好きなんだと思ってた」
「は?」
「なまえさんはどう言ったんですか?」
「……、あいつは、」

随分、あっさりと受け入れた。
拍子抜けするほど。そんなものか。そんなものなのかと、少し落胆した。

こちらが謝ろうとすると、それを遮って謝ってくるものだから、何も言えなかった。
「ほ、ほら私、馬鹿ですし可愛くないですし、お酒と食べることが大好きっていう女子力もないですし迷惑かけてばかりで、ほんと、気にしないでくださいっていうか、今まで付き合ってもらえた方が奇跡で、ごめんなさいみたいな、」
延々と自分を卑下するなまえに、そんなことはないと、そう思っていても、俺の立場からはもう何も言うことができなかった。
いっそ、いっそ泣いてくれたら、その涙を拭ってやれたかもしれない。
「わ、私風間さんと付き合えて良かったです」
どうしてそんな顔をするんだ。




「風間くん」
「、沢村さん」

ぶつくさと呟く太刀川を横に、適当に相手をしてると、真面目な声で呼び止められた。
何か連絡事項でもあるのかと姿勢を正すと、慌てて手で制された

「あ、違うの。そんなんじゃなくて、なまえのことなの」
「……なまえ?」

そういえば、彼女となまえは親しくしていたか。
そう思うと少し気まずくなる。こちらから告白しておいて、こちらからふるなんて身勝手な振る舞いだった。

今頃泣いているだろうか。
あの後輩とやらと、本当に飯でも行ってるかもしれない。あの顔を、他の奴も見るのか。……いや、違う。なまえは結構考えなしなところがあるから、少し心配なだけだ。
そもそも知り合った経緯が、ボーダーに遅くまで残って訓練していたあいつを見つけたのがきっかけなのだから、筋金入りだ。一つのことに集中すると、他のことに頭が回らないから。夜暗い道を、女一人で歩いて帰ることなんて、最初から頭にないんだ。もう俺は送ってはやれないんだぞ。大丈夫なのか。

そう考えていると、沢村さんから予想外な言葉を聞かされた。





「──知っていたのか」

知っていて、あんな顔をしたのか。




■残念だが、もう譲れなくなった。



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