※無駄にモブが出てくる
「……付き合ってくれ」
「……はい」
風間さんは相当酔っぱらっていた。
普段と変わらない表情ながらも、よくよく見ると頬は赤らんでいて、目は完全に据わっていた。呂律はかろうじて回っていたけれど、足元は定まらないようで、壁に寄りかかることでようやく体勢を保っていた。
私はちゃんと分かっていた。風間さんが酔っぱらっていたこと。
そして──この告白が罰ゲームだということ。
あの風間さんがそんなことをするなんて、一体どれだけ飲ませたんだろうか。
「風間さんが罰ゲーム!」
「えーと……やっぱベタに告白?」
「……告白? いやそれは、」
「次この部屋の前通った奴が男でも女でも"付き合ってくれ"って言うだけですって!」
「酔っぱらってると言い訳もきくだろ」
「えーすぐネタばらししちゃうんですか?」
偶然通りかかった部屋の前。騒がしい室内はそれだけでお酒の匂いを感じさせるようなものだった。
いつもなら巻き込まれる前にそそくさと退散するのに、聞こえてきた話題は到底無視できるものじゃなかった。
風間さんが、告白……?!
罰ゲームでも風間さんから"付き合ってくれ"っていう言葉が聞けるなんて。羨ましい……!
後日他の人に言いましたなんて相手が男でも知りたくなかったし、譲れないと思った。
だから偶然、私が今通りかかったようなふりをしたのだ。
ただ誤算だったのは、風間さんが"付き合ってくれ"を言った後、ずるずると壁づたいに座り込んでしまったことだけれど。
「え、ちょ、風間さん……?!」
「……」
「え、寝、ええ……?!」
やっぱり相当酔っぱらっていたみたいだった。
というか……ま、まだ"ネタばらし"を聞いてないんだけど、こ、これってどうなるの……?
「で、それを言わず付き合ったの?」
「うっ」
「馬鹿ね」
先輩である沢村ちゃんの言葉に小さく縮こまることしかできない。
本部長補佐で総合オペレーターである沢村ちゃんの忙しさは知っているけれど、相談したいことがあると言うと予定をあけてくれる。そんな沢村ちゃんの優しさに乾杯。
両手でお酒の注がれたグラスを持って、ちょびちょび舐めるように飲んだ。
「それにしても意外だわ。風間くんも風間くんね」
「ち、違うよ!風間さんはそんな人じゃないよ!ちゃんと次の日から何回か誤解を解こうとしてくれたの!」
ただ私が話を反らしたり、次のお休みはいつですか?とか、言いにくい雰囲気にしてしまっただけだ……。私って最低すぎる……生きててごめんなさい……。
風間さんも、酔っぱらっていたのだから記憶がないふりだってして良かったのに。
いつもなら構わずズバッて言うんだろうけど、自分に非があることとデリケートな問題だからか、誤魔化し誤魔化しでずるずる続いてしまった。
「デリケート……まあそうね。罰ゲームで貴方の気持ち知っちゃったってことだし」
「……!」
「何を今更……自分と付き合うことを承諾したってことはそういうことって、誰でも分かることでしょう?」
「か、風間さんと付き合うってことで頭いっぱいだった……」
呆れたように沢村ちゃんがため息をついて、私は頭を抱えた。
そ、そうか……風間さんはともかく……向こうは私が風間さんを好きだって知っちゃったのか……。
急速にお酒が回ったように、体が熱くなった。
「なんにせよ、あまりずるずる続いてもロクなことにならないわよ」
「分かってる!ちゃ、ちゃんと最後は私から言って謝るつもり。どうせ……もう元の後輩って関係にすら戻れないんだもん、風間さんには本当に申し訳ない……けど、ちょっとぐらい夢見てたいよ……」
「なまえ……」
この間に、私のこと好きになってくれないかな、とかそんな夢を見る。
滲む涙を必死に流さないようにこらえると、沢村ちゃんが頭を撫でてくれた。
「辛くなったらいつでも呼んでいいのよ」
「沢村ちゃん……」
「女の子だもの」
そう言って笑う沢村ちゃんこそ、秘めてる恋心があるっていうのに。優しくて綺麗な沢村ちゃんはとっても魅力的だった。
いつかは言わなければならない。
私から終わらせなければ。
そう思っていたけれど、やっぱり物事はなるようになって、勝手に元の正しい道に戻されるものなんだ。
「なまえさんー!」
「ひゃっ、……もう!相変わらず元気ね」
「なまえさんに会えたからっすよー」
そう言ってにこにこ笑う後輩は、最近私に教えを乞うようになった弟子(仮)だ。
人懐っこい性格でちょっとスキンシップが激しいところもあるけれど、愛嬌があってとても良い好青年だ。
「なまえさん今日暇ですか?飯行きません?」
「んー……、ごめんね。嬉しいけど行かないことにしてるの」
「まーた風間さんですか?……意外と独占欲強いんすね」
「ち、違うよ。私がそうしてるだけ」
「……誠実っすね。向こうはどうかしらないですけど」
毎回誘ってくれる言葉を断るのは申し訳なかったけれど、せめてもの私のけじめだ。ぜんぜん誠実なんかじゃない。
むしろ形だけの付き合ってる彼女が、他の男と出掛けてたって気にする人はいないだろう。むしろ別れる良い口実だと思うかもしれない。……あ、ちょっと自分で言ってて傷付いた。
「向こうはどうかしらないけど」の発言にトドメを刺されながら落ち込んでいると、後輩くんの視線が私の肩を越えてうしろに向かっていることに気付いた。
不思議に思って振り替えると、宝石のような赤い瞳と目があって心臓が縮んだ。
「か、かか風間さん?!」
「……ああ」
「……どーも」
後輩のくせに生意気な挨拶をした弟子(仮)の頭を叩く。私の指導不足思われたらどうすんの。
それなのに「何するんすか」と脇腹をつつき返してくる後輩くん。
「や、やめてってば!」「あれ?もしかして脇腹弱いんすか?」そうだけど!
すっと細まった赤い瞳にびくびくする。
「……仲が良いんだな」
「ま、まあまあですよ!」
「……風間さんよりかは良いんじゃないですか」
「……ほう、」
「なまえさんは多分考えてること逆ですからね」
こ、後輩くんは何を言っているのやら……?
そりゃ後輩くんは風間さんに師事してないから私の方が仲良いと言えるだろうけど……なのになんか風間さんピリッとしたんだけど。……ん?逆?
「なら、少し借りても良いか」
「……どーぞ」
悶々と考えてる間に話は進んでいたようで、風間さんに行くぞ、と声をかけられる。
さっさと進む後ろ姿にはっとして慌てて追いかける。
「なまえさん、俺ここで待ってますねー!」
「いや、帰ってていーよ!」
「……」
後輩くんに手を振られ見送られた先は、風間隊の隊室だった。は、入っても良いものなのかな。
誰もいない真っ暗な部屋の電気を風間さんがつけると、座るよう促された。けれど緊張からどこに座って良いのかも分からない。
初めて来た部屋にどきまぎしていると、見かねたように風間さんが口を開いた。
頭が真っ白になった。
*
「う、ううっ、ぐすっ」
「なまえさん飲むか泣くかどっちかにしましょうよ……」
「のむ……」
「飲むんだ……」
しょうがないなあ、という顔で私の背中を擦ってくれるのは迅くんだった。
「なまえさんもう相当酔っぱらってない?」
「んー……」
風間さんと別れてから、呆然とふらふら歩いていた私は、本当に私を待っていた後輩くんに捕まった。
大丈夫ですか話聞きますよ、なんて優しい言葉をかけてくれる後輩くんに誘われて来るつもりだったのだけれど、何でか迅くんがやって来て、あれよあれよと引き離されここに連れてこられた。
迅くんは未来視のサイドエフェクトのおかげか事情を知ってるみたいだった。
できた後輩だし、迅くんに話を聞いてもらえるならありがたい。
まだお酒が飲めないのに、お酒を飲みながら泣く私の相手をしらふでする迅くんには、頭が上がらない。ここのお会計は私が出すからね。
そう思いながら迅くんの優しさに甘えた。
楽しくなるはずのお酒なのに、楽しくない。楽しくないなあ。なんだか悲しいなあ。
「フラれるのはねー、わかってたの」
「うん」
「それなのに、いざそうなると、なーんもいえなくなった。ばかだよねえ」
「うん」
「いままで風間さんね、ごかいをとこうとするだけだったのに、……"別れよう"だけいったの」
「うん」
「やさしいよね……」
そこまで言ってテーブルに顔を伏せた。本気的に泣いてしまったら流石に迅くんに申し訳ない。半個室だから人目はそんなにないものの、可哀想だ。
「しってたっていえなかった……」
風間さんが申し訳なさそうに謝ろうとするから、そんな必要はないとこっちが必死に謝り返したのだ。
頭がいっぱいいっぱいで、結局知ってたなんて説明できる余裕がなかった。
「もう風間さんにあわせるかおがない……」
「じゃあ玉狛くる?なまえさんなら大歓迎」
「……それもいいかも」
「なまえさん」
会わせる顔はない。だけど会いたいよ風間さん。
迅くんがまた背中をよしよしと擦ってくれたので、ゆっくり顔をあげた。薄い蒼い瞳が心配そうにこちらを見ていた。あ、迅くんの瞳に私が映ってる。
「え」
瞳の中の自分を見ていたはずが、すぐ目の前に何かを差し出されて遮られる。距離が近すぎてそれが何かが分からない。急に表れたそれに驚いて距離をとると、ようやくそれが店のメニュー表だと気付いた。
迅くんと私の間を遮ったそれの持ち手を辿ると、息切れをした風間さんがいた。ついに幻覚が。
「近いぞ、迅」
「感謝して欲しいぐらいなんだけどなあ、風間さん。俺がいなきゃここにいたのは誰だと思う?」
「……金は置いていく」
「ごちそうさまです!」
幻覚の風間さんが財布からお札を出してテーブルに置いた。かと思えば行くぞ、と私の手を掴んだ。幻覚のはずなのに、引っ張られるような感覚がした。感覚につられて立ち上がると、アルコールが身体を回ったようで頭がふらふらした。
「……おい、」
「ん、」
「あ、なまえさんそう見えて凄い酔ってるから。いやー、俺は一応止めたんだけどね? ……まあお持ち帰りされなくて良かったよ」
「……」
電車で揺られるように体が上下にゆらゆら揺れる感覚がして、目が覚める。暖かい、けど背中が寒い。
「起きたのか?」
「……じんくん?」
「……」
「じんくん、ごめんね」
たくましい背中が私に声をかけた。私をおんぶしてる体は小さいのに、しっかりと鍛えられていて、格好いいなあと思った。迅くんってもっと大きかった気がしてたけど、落ち着くなあ。好きだなあ。
「わたし、玉狛でもやっていけるかなー」
「玉狛に行くのか」
「風間さん、」
「……俺のせいか」
「風間さん、」
「なんだ」
風間さんの名前を呼ぶと、風間さんが返事をしてくれるみたいで嬉しかった。少し涙が出そうになって、頭を背中にぐりぐり押し付けた。迅くん良い匂いがする。風間さんみたいな、
「風間さん、ごめんね」
「お前……、そう思うなら他の男にそういうことも、簡単に二人で個室で飲むこともするな」
「風間さん、すきだよー」
「……」
「すきでごめんなさい、すき、……すきだったのになあー」
風間さん。風間さん。好き。
でも私のこともう嫌いになっちゃったかなあ。
「罰ゲームだってしってたけど、しってたけど、でもそれでも、風間さんがよかったんだもん……」
そんな私の我が儘に振り回してしまったなあ。
ちゃんと、謝らないと、ごめんなさいって。菓子折り持っていって……、受け取ってくれるかな。会ってもいいのかな。
「ずるくてばかで、うう、ごめんなさい」
「好き"だった"、なのか?」
「ごめ、なさ……」
「……もう謝るな」
「かざまさん、あいたい」
「……」
聞こえてくる声と、伝わってくる体温が優しくて、程よい安心感と眠気がやってきた。歩くたびに揺れる背中が揺りかごのようだった。
「なまえ」
「んー……」
「……付き合うか」
「……」
「おい」
わざと歩く揺れとは違う力で揺らされ、眠りに落ちるのを邪魔される。眠たくてしょうがなかった。大人しくまた寝かせて欲しい。そしたらまた、頑張れるから。
「う、なに、分かったから……」
「──俺は今度は酔ってないからな」
■
誠実でいたい。
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