■アフトクラトル全体的にご都合主義捏造
馬鹿な男がいる。
それはなんと自分の部下である。
「あ、珍しい植物がありますね。玄界のですよ」
「植物?」
「似てるだけかな?なんでここにあるんだろう」
わざわざ差し木でもしたのかな……。丈の低い木についた花を見て、なまえは首をかしげた。アフトクラトルではない、敵国の戦地において、随分と呑気な発言だ。思わずため息がでる。馬鹿らしい。
「そんなに気に入っているのであれば、持って帰ったらどうかしら」
声色に呆れを隠すことなく、冗談半分、本気半分で言い捨てた。枝ぐらい、なまえが運ぶというのであれば、問題ない。この男は馬鹿だから、そんな愚かな行為も、目立ちはしない。今回の戦闘では、トリオンを消費することはあまりなさそうに見えたし、どうしてもと言うのなら、少しぐらい「窓の影」を使ってあげても……まあ良い。ぐらいの気持ちで。
「ははっ、でもこれ良く見ますけど、一応有毒植物ですから。やめときます」
「……そう」
ミラの言葉になまえは目尻を下げてヘラヘラと笑った。この平和ボケだけでも、馬鹿と言われる理由には充分な気がする。けれど、本当はもっと他に理由がある。
「万が一にもミラ様に何かあったら困りますし」
「そう」
「あ、でもこの花言葉は良いかもしれませんね」
「花言葉?」
「献身。俺からミラ様に」
「……そんなのもらっても迷惑だわ」
「手厳しい」
この男は馬鹿である。
そのヘラヘラとふやけた口でミラに好意を囁くから。
「ワープ女が来るぞ」と言えば子供さえ我が儘を言わなくなる女を前に、簡単に可愛いだの流石だの褒め称え、何でも二つ返事で言うことを聞く。ミラの為にあちらこちらに走り回る男を見て、周りの人間は同情した目で彼を見る。好意を楯に、都合良く扱われてると思わずにはいられないからだ。否定は、しない。
「あっさり引き上げるんですね」
「今回は小手調べのようなものですもの。……なまえ」
「りょーかいです。じゃあ俺先行ってるんで」
敵国への侵攻から引き上げ、アフトクラトルへ戻っても、戦地となんら変わりのない笑顔を浮かべるなまえ。名前を呼んだだけで、全て察して動くなまえは、便利で、楽な存在だ。立ち止まるミラとさっさと歩き出すなまえ。なまえの背中を見送っていると、うしろから声をかけられた。
「おーおー、相変わらずあの男は馬鹿やってんだなあ」
「……エネドラ」
「あいつも哀れだよなあ、お前みたいな女に惚れて」
「……」
「俺は忘れたことないぜ。前よ、奇襲からお前を庇って倒れたあいつを前にして言ったお前の台詞。"楯ぐらいにはなれたの"だったなあ? 雑魚とは言え、流石に可哀想だったよ、ありゃ」
なまえに向けられる、周囲の同情した視線がぐっと増える。
無駄に大きい声で話すエネドラの話は、周りも聞こえているようだった。おそらく、この距離なら、まだなまえにも聞こえているだろう。けれど、なまえは気にした様子もなく、一度も振り替えらずに去っていく。つまらなそうにエネドラが舌打ちをした。
「エネドラ」
「なんだよ」
「貴方、この木の花言葉分かる?」
「はあ?っていうかお前そんなもん持ってきたのかよ。ブラックトリガー無駄遣いしてんな」
「知らないのね」
「くっだらねぇ」
馬鹿な男が、実は知識が豊富で賢いことを知っている。それを知っているのは、ミラだけだ。それで良いと思う。何故なまえが自分を好きなのかは分からないことだけれど、なまえは己の意思で自分の横にいるのだから、それで良いのだ。
今回の侵攻の会議が終わる頃には、馬鹿な男は私の部屋で、 何故かお茶の準備をして待っているのだろうと、確信に近い想像をした。
"楯ぐらいにはなれたの"
その言葉はミラとなまえの関係を明確に表す言葉であり、思わず、そう、エネドラでも少し同情したらしい。
確かに生身で血を流している自分の部下を見て、思わず、というようにポツリとこぼされたそれは、やはり冷酷な女だと思わせただろう。
「ミラ様パンケーキ食べます?」
「ええ」
「はいはいっと」
「……ちょっと、何で貴方も座るのかしら」
「あ、駄目でした? ミラ様とこうしてゆっくりするのも久しぶりだと思って」
「、構わないけれど気を付けなさい」
「何がですか?あ、こういうことはミラ様以外にはしませんよ。首が飛ぶ」
「……尚更馬鹿だわ、」
想像通りミラの部屋で、想像以上に本格的なお茶の準備をしていたなまえ。淹れられたばかりの、そこそこ美味しい薄茶色の液体を飲む。ミラもそれなりに知っているが、無駄に知識の広いなまえである。この飲み物が何か聞いても知らないことが多いので、もうこれが何か改めて聞くことはなくなった。わざわざ自分の知識の浅さを広める必要はないからだ。
「どうですか? パンケーキ」
「美味しいわよ」
「良かった!頑張ったかいがありました!」
「、ちょっと待って。もしかしてこれ貴方が作ったの?」
「はい」
「……、何故貴方が私の下にいるのか、意味が分からないわ」
「えっ、今日そこまで役立たずでした?」
「違うわ、そうではなくて」
なんだか言葉もでなかった。正面の椅子に座るこの馬鹿な男は、戦場に向かう身でありながら、女上司の為に、その手でお茶の準備をし、尚且つ私が好きなパンケーキを作ったらしい。
「貴方、どうして、」
そんなに私が好きなの。とは言えなかった。はっきり言ってしまうと、自意識過剰に思えたからだ。しかしその途切れた言葉の意味がちゃんと分かったらしいなまえは、不思議そうに目を瞬かせた。
「ははあ……、まあ。ミラ様も俺のことそれなりに大切に思ってくれてますし」
「それはいくらなんでも、頭がおめでたいんじゃないかしら」
「手厳しい」
まさか先程のエネドラの声が本当に聞こえなかったわけではあるまい。命をかけて庇った上司に"楯ぐらいにはなれた"など、屈辱的な言葉を吐かれておきながら、ここまで言えるなど馬鹿を通り越して頭がおめでたいとしか言いようがない。
「いやあ、でも俺知ってますよ。何だかんだ言って俺が近くにいて、返事をしないと落ち着かないでしょう」
「貴方は二つ返事で言うことを聞いてくれるから楽よ」
「それはありがたい」
なまえはヘラヘラと見慣れた笑いをこぼした。確かに、なまえが倒れていなかったあの何週間は、面倒だった。名前を呼んだだけで、全てを察してくれる部下は、滅多にいないのだと分かった。すぐ返ってこない返事には、苛立ちを感じた。ただ、便利なものがいなくなっただけのことなのに。そんな苛立ちをそう好意的に思えるなんて。本当に、馬鹿で、おめでたい。
……こんな馬鹿な男だから、この男が包帯だらけで寝かされているのを見たとき、早く起こさなければならないと思った。この男は馬鹿だから、ずっと眠っていると、もう死んでるなんて勘違いをして、そのままぽっくり逝ってしまうのでないかと思えたから。
「俺が黒トリガーになったらもらってくれるんですよね」
「は、」
「いやあ、ラッキーでした。あれだけで死にかけたかいがあったってものです」
「ちょっと、」
「俺まさかあんな言葉が聞けるとは思わなくて、いい歳してドキドキしちゃいました」
「ちょっと、」
「でもミラ様もう黒トリガー持ってますし? だったら俺の存在ごと隠しもってくれるのかなーなんて思うと」
「貴方起きてたならそう言いなさい」
「まさかミラ様が深夜の病室にくるとは思わないじゃないですか。起きるタイミングを失いましたよ」
「馬鹿なのかしら」
ミラの脳裏には、随分前の、なまえが自分を庇って死にかけた頃がはっきりと思い出された。ずっと目を覚まさないと言われていたから。早く起こさなければ死んでしまうと思ったから。
だから、死んでしまうのなら、と。確かに言った。どうせ死んでしまうのなら、黒トリガーになりなさい。……私が、もらってあげなくもないわ。
「大恥じよ」
「大切な思い出です」
「貴方は大馬鹿よ」
「好きですよミラ様」
いつもの手厳しい、とは返ってこなかった返事に、思わず一拍間が空く。ヘラヘラと笑うふやけた口。ああ、本当にこの男は、
「大馬鹿」
「手厳しい」
献身、
犠牲、
あなたと二人で旅をしましょう。
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