おくりもの、

神が住まう場所としては意外なことに、ゆめこの屋敷は人間味であふれている物が多くある。
それは、麓の村々から捧げられた物が、処分するでもなく、ただそこに置いてあるからだ。悪く言えば放置ともいう。

そんな数ある人の物の中でゆめこが唯一お気に入りなのは、数が到底足りていない囲碁の碁石で、石同士をはじいて遊んだり、手持ち無沙汰に掌でいじっては、よくじゃら、じゃら、と音を響かせている。

しかしだからと言って、人間である己が生活できるほど、人の物があるわけでなく。

時折、自分の村とは山を挟んで正反対の、そこそこ大きな町に人目を忍んで下りては、山で採れたものを売り、必要なものを買ってこなければならない。
ゆめことは違ってくたびれる己の着物や道具。人の物を必要としないゆめこ故に、己の物ばかりになってしまうのは少し申し訳なくなってくる。


だからだろうか。
目についた店。女子ばかりのその店に並ぶ紅やきらびやかな櫛を見たときに過ったゆめこ顔。

……喜ぶだろうか。いや、あの臆病で謙虚な、人見知りを形にしたかのような山神様のことだ。派手なものは返って動揺させてしまうだろう。そんな姿も、見たいが。

止めておこう。そう思って視線を逸らした視界の隅で映った色。
青とも紫ともとれるような微妙な色合いの髪紐。


――――青藤色か、紺桔梗か。


「すまない、これをくれ」
「ああ、ありがとうございます。ええでも、お客さん、贈り物ですか。あまりこの色は近頃の女の子には売れてないんですがねえ、大丈夫です?」
「ああ、良いんだ。これで問題ないさ。」


とても綺麗な、良い、色。


これは己の色だから。
目深くかぶった笠の下、普通じゃないと言われた青と紫の瞳が幸せそうにゆっくりと瞬いた。


     *


これで問題ないさ。
例えもう覚えられてないとしても。
この色を好きだと、そう言ってくれる神様がいたのを、己は知っているのだから。


「ゆめこ、ただいま」
「……じんぱち。いつもより、遅かったのね」
「ああ、ちょっと寄り道しててな」
「寄り道?」

じゃら、じゃら、と手元で碁石を遊ばせるゆめこ。髪の下から見える表情は変わらないくせに、わずかに覗けた寄った眉間の皺から心配の色が見えて、何だかおかしくなる。その表情がこれから驚きに、そして喜びに変わってくれれば、そうとも思う。

「これをな、お前に、」
「……」
「……お前に、使って欲しいと思って」
「わ、わた、私に……?!」
「ゆめこ以外に送る人がいると思うのか?」

そういえば、こうして何かを贈るのは初めてだ。
碁石を持ったまま固まったその手をゆっくりと掴んだ。零れた碁石が床をはじく。
そのかわりに掌に置いた髪紐。

「きっと、似合う」

つられるように視線を自分の掌に落としたゆめこは、一拍置いて、ぼっと顔を真っ赤に染め上げた。
いや、実際は長い前髪がその大半を邪魔しているのだが、多分そうだろう。慌てたように髪紐を握りしめながら落ち着かないようにそわそわと身を震わせた。
結局動揺させてしまったな、決して可愛いなどどは思ってない、そう考えて、「お前から、贈り物を貰うのは、これで三回目。」

「へ?」
「――――青藤色か、紺桔梗か」

私の、一番大好きな、綺麗な、良い、色。

「そ、それだけ!!」

珍しく大声を出したかと思えば、一目散にその場から逃げ出したゆめこ。その後を床に落ちた碁石が追いかけるように宙を飛んでいくという摩訶不思議。

「こ、こんなところで無駄な力使うなよ……」

そう言いながらも、碁石を忘れ物と取りに帰って来なくて本当に良かったと思ってる。

自分でも分かる力の抜けた声。反則だ。覚えていただけでなく、なんか、なんか大事な言葉が増えてた、気がする。一番大好き、とかなんとか。
最悪だ。最後までかっこつけさせてくれよ。

こんなに熱を持った顔じゃあ追いかけられもしない。




動揺させられた。
2014.07.25

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