おひるね、

「ゆめこ」
「ん……」
「いい加減起きろ、帰って来たぞ」

山奥の大きな屋敷。常に霞がかかったその先に、こんな穏やかな時間が流れていると、誰が思うだろうか。

食糧の調達から帰り、いつも引きこもっているその室に行けば主の姿はなく。どこにと慌てて探せば、中庭へ面する廊下で寝ていたそれ。……確か出かける前に部屋を覗いた時も寝ていたはずだが。

ゆるりと近寄るとゆめこの傍らには、木の実や小さな果実が置かれていた。それを疑問に思う間もなく羽音がしたかと思えば、木の実を加えた鳥が下りてきて、その中に一つ二つと木の実を置いていく。
どうやら動物たちが持ってきたものらしい。相変わらず山のものに好かれている。まあ、山神だから、当然か。
しかしそれでも気付かず起きないとは、危機感がないのかここが平和すぎるだけなのか。

「おい」
「…………じんぱち……?」
「ああ」
「……」
「……寝るな、起きろ」

一瞬だけ目を開けるも、自分を認識するだけすると、また夢の中へ旅立とうとするゆめこ。
舌っ足らずな声で名前を呼ばれ、もう少しだけと言うように、傍へ座る己の腰へ抱き着かれると、流石にぐらりと理性が揺らぐ。しかしここで甘やかすわけにはいかない。癖になってしまうから。そんな親のような気持ちを抱くのも、もう慣れたもの。

「ほら、今日は魚を釣ってきたから。新鮮なうちに一緒に食べよう」
「……私は食べなくても平気……」
「俺が寂しいんだ」

そう言うと口を窮すゆめこはとても優しい神様だ。

山神にとって、基本的に食べることはただの娯楽に分類されるらしい。だから気が向かなければその日一日、平気で何も口にしようとはしない。けれどこう言って誘うと、しょうがないといった様子で箸をとる。ずるいことをしているのは、知っている。



けれどどうやら今回は違ったらしい。
ゆめこの白い綺麗な手が伸びたかと思うと、俺の頬にそっと添えられる。陽だまりに包まれていたゆめこの暖かい体温を感じて鼓動が跳ねる。

「私も、さびしい」
「……ゆめこ、」
「じんぱちが遅かったのが、いけない」

ああ今日はなかなか釣れなくて、いつもより時間はかかってしまったが大物が釣れたから、頭の中ではそう言い訳をしているのに上手く口が回ってくれなかった。
言うだけ言って満足したのか、ゆめこはさっきよりも力をいれて腰に抱き着いてきた。

「っ、せめて中に、風邪をひいて、……ああもう!!」

この山神様は!!

そう心の中で叫んだ。
口には出さない代わりに、ゆっくりと己の膝と腕を入れ替えて、ゆめこの頭を支えた己の甘いことよ。
そうして無理な体勢にならないようにその横に寝転ぶと「いい枕、」とくすくす笑う声。今日はよっぽど眠たいらしい。普段ならこんな素直な物言いも、自分から触れてもこないくせに、寝ぼけているな、と検討を付ける。

「ばかめ、」

着ていた羽織をゆめこと己にかける。今日は一番大きいものを着ていて良かった。

全くずるいのはどっちだろう。
同じ羽織の元、ゆっくりとゆめこの頭を撫でて、少し乱れているせいで見える長い前髪の下に愛しさが増した。誰が醜女と言ったのか、長い長い前髪で隠したその先を己が見ても、恐怖にも絶望にも染めなくなったその顔の愛しいことよ。己だけに許された、己だけの、己しか知らない、その顔。

神様相手におこがましいとすら思えなくなったのは、今日もまたここが平和で穏やかすぎるからか。

「おやすみ」

まるで睦言を囁くように甘い響きを持ったそれはもう寝入ってしまったゆめこの耳に入ることはなかった。言葉を落とすと同時に眠りに落ちてしまった己もまた、その声の響きに気付くことはなかった。

聞いていたのは見守っていた森の動物たちだけ。また新しく木の実が落とされても誰も起きることがなかったここは、やはり平和で甘い毒だと、寝ぼけた頭で己の危機管理を危うく思うのは、また一刻後のこと。





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