「あわわわわ‥‥。スコージファイ、スコージファイ!!!」
自称無惨様な和風ヴォルデモート卿的な人が「思考を読む」なんて、プライバシーの侵害も大概な、恐ろしすぎることを言い始めた。
解除とか回復系の呪文が分からなくて、とっさに清める系の呪文を唱えてみた。
「頭の中身を洗えばキレイサッパリなんとかなるのでは!?」なんて思ってやったけど。
「あああああ!目が、目がああああ!!」
海外の映画の拳銃自殺みたいに、ちょっと格好をつけて頭に向けていた魔法の杖(ポッキー)の先から、思いのほか勢いよく泡が飛び出して、目に入ってきた。
めちゃくちゃ痛い!
あまりの痛さに床をごろごろ転がっていると、背中にこつりと何かが当たった。
これ、卿の革靴だ。
微妙に先の尖ってる感じからして間違いない。
そう思った瞬間、背中に衝撃が走った。
――蹴った。この人、女子を蹴った。
「ちょっと酷くないですか!?花の女子大生が苦しんでるんですよ!手を差し伸べるとか、そういう優しさはないんですか!?」
続く無言に、スルーすんなと思いながら、泡のしみる目で睨むように見上げたら「何こいつウゼー」って顔いっぱいに書いてあった。失礼すぎる。
痛い、本当に痛い。通り魔された首の傷にも泡が染みてめっちゃ痛い。色んな意味で痛い。
自分の通り魔のせいでか弱い乙女が苦しんでいるんだから、助けてくれたっていいのに。突っ立ってないで手を差し伸べてほしいし、せめて「大丈夫ですか?」とか何か言ってほしい。
「鳴女!」
「えっ」
なきめ、と卿が突然叫んで、地面に襖が出て来て、スッと開いた。
突然の、宙に浮く感覚。
「細かすぎて伝わらないモノマネじゃないんだからさああああ!」
某大佐の物真似してスベったみたいな扱いやめてよお!という心の叫びをこめた大絶叫をする私を、赤い目が心底バカにしたように見下していた。ムカつく。
本物のパーフェクトビューティー無惨様にお会いしたら、絶対にこらしめて貰うからな。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
自分に向けて浮遊呪文をかけて、畳の上にふわっと着地。フィギュアスケート的な競技があれば、絶対芸術点つきまくりの、華麗な着地だった。
ーー私はあきらめない、本物の無惨様とキャッキャウフフな百合百合ワールドの可能性を。
「偉い人だから、上の方に行けば会えるかな?」
それっぽい部屋を見つけようと見上げても、階段の終わりが見えない。
きっと、無惨様はこの階段のウォーキングであのプロポーションと美しさを保っているんだろうな。
‥‥私には無理だ。流石無惨様。美意識が高い。女性の鑑。
「なんか疲れたし、もうちょっとしてから考えよ。」
チョコの溶けかけているポッキーをたべて、ごろんと横になる。携帯を見てみたけれど、圏外のままだった。ネット環境を手に入れられる魔法の呪文があれば良いのに。
「あ、意外と大したことない。」
インカメラを鏡代わりに、通り魔された首を確認する。ボコッボコッてよろしくない変化を遂げそうになっていた首は、暗くて見えにくいけれど、紙で切ったような薄い切り傷しか残っていないみたいだった。
クリーチャー化しなくて良かった。
‥‥‥‥ん。
画面の右端をご覧下さい。
白い足袋が写っているのが、お分かりいただけただろうか。
「あああああ!心霊写真!!幽霊!」
無理無理。
ハリポタのゴーストは大丈夫だけど、幽霊は無理。普通に怖い!
飛び起きて、後ろに逃げると、何かに当たった。
紫色の着物、袴、腰に刺さった日本刀。
‥‥これ、画面に写っていた幽霊では?
そういえば後ろに写ってたんだから、後ろに逃げちゃ駄目じゃん。
終わった。
それにしてもこの幽霊、なんか凄く良い匂いがする。
お香‥‥かな?
おばあちゃん家みたいなのじゃなく、自然派の美容院みたいな、落ち着く匂い。うたた寝してカクッてなったせいで、前髪が残念なことになるやつ。
「なぜ‥‥人間の、娘が‥‥‥‥。」
声も格好良い。
人を落ち着かせる、深みと厚みのある声。見せ筋じゃない、本物の腹筋で出る声だからか、どっしりしていて包容力が凄い。
勢いで抱きついたままになっているけれど、もうこの安心感から離れたくない。
‥‥でもそれじゃあ駄目だ。
「無惨様‥‥」
無惨様との、百合展開を叶えるために、私は無惨様を探さなければいけないんだから。
「ふむ‥‥私も今から‥‥伺う処だ‥‥。お前も、‥‥共に来るか?」
「行きましゅぅ‥‥。」
無理。離れられない。
この安心感を知ったら手放せる訳ない。
階段を上るのが疲れそうで無理だから、どさくさに紛れて抱っこをせがむように両手を上げてみたら、本当に抱っこしてくれた。神か。
「神‥‥!幽霊なんて思ってごめんなさい。」
「よせ‥‥。私は、‥‥神などでは‥‥。」
「いえ、絶対神ですよ。無自覚‥‥?」
なんて謙虚な神様なんだろう。
私は分かった。この人は絶対神。付喪神。
この安心感は、人をダメにするソファとかベッドとか、そういう系の家具の付喪神だ。目が六個あるのはたぶん家具だった時の名残。前衛的なデザイナーズブランドの高級家具だったんだ、きっと。
だってこんなにも、揺りかごに揺られているみたいに安心するーー。
「娘‥‥起きよ‥‥。着いたぞ‥‥。」
「んお‥‥?」
森の中にいるみたいな良い匂いと、優しい声。
すっかり眠ってしまっていたみたいだということに気づいて、流石に子供みたいで恥ずかしくなった。
「お、降ります‥‥。」
「ああ‥‥。」
よだれとか垂らしてなかったよね‥‥?
さすがに神様の前で涎垂らしたくない。
不安すぎて携帯で確認したけれど、それっぽい跡はないからたぶん大丈夫。神様も怒ってなさげだし。
さてさて、この襖の向こうに、無惨様が。
‥‥おしゃれしなきゃ。
あれ、見た目が高校生になったのと同じく、化粧ポーチも高校生化してる。
‥‥日焼け止めと色つきリップクリームしか入ってない。
まあ、ないよりはマシだよね?
リップクリームを塗って、服をパシパシ叩いてホコリを取ったり、シワを伸ばしたりしてみる。
「あの、神様。どうかな?変なとことか、ないです?」
「神では‥‥ない‥‥。黒死牟と‥‥呼べ。」
「コクシボー様?」
「ああ‥‥。」
「で、変なとことかないです?こうした方が無惨様の好みだよ、とか。」
「ふむ‥‥。良い‥‥心がけだ‥‥。」
‥‥‥‥終わり??
何でもいいから外見の評価が欲しかったのに、心がけだけ誉められて終わった。
あれかな。神様だから外見じゃなくて内面を評価するタイプなのかな。
「娘‥‥無惨様の‥‥前でも‥‥弁えるのだぞ‥‥。」
「はい。頑張ります。」
百合展開目指して。
ダメだったとしても、顔を、お姿を拝めるだけでいいや。
あ、あとさっきの通り魔のこと、「無惨様の名を騙って悪さをしてる部下がいましたよ」ってチクらないと。あんな奴、パワハラされちゃえ。
それにしても、高級家具の付喪神様を配下にしてるなんて、流石無惨様。
‥‥あれかな。コクシボー様のこと、四つ這いにして人間椅子的な感じにしたりするのかな。無惨様、ファビュラスだし、してるかも。
「失礼します‥‥」
「黒死牟か。入れ。」
‥‥ん?
‥‥んん??
コクシボー様、違う。
無惨様じゃないよ、これ。失礼な通り魔だよ。苦しんでる私を落とし穴に落として放置したひどい男で、女の中の女な無惨様とは月とスッポン。
頭下げる相手、間違ってるよ。
通り魔が「うわ、おっきな虫」みたいな目で見てくるので、お前なんか無惨様に言いつけてやるからなって睨み返していたら、コクシボー様がなんか肘で小突いてくる。痛い。
え、私も頭下げろってことなの?
やだよ、無理無理。
こんな顔だけ失礼男に頭なんか下げないもんね。私が頭を下げる相手はパーフェクトビューティー無惨様だけ。その時は日本一華麗で綺麗な頭の下げ方キメてみせる。
「その頭の下げ方とやら、今見せてみよ。」
「はあ?‥‥イタッ。」
コクシボー様がさっきよりも強めに小突いてきた。
なんで?
だってこの人男じゃん。無惨様じゃないじゃん。コクシボー様だって頭下げる必要なんかないの分かるはずなのに、何なの。そういう遊びなの??
‥‥ハッ。
まさか‥‥!
ガ○使的な‥‥ドッキリ‥‥?
明らかに無惨様じゃない人が無惨様のふりしてるけど、笑ってはいけない的な、そういうこと‥‥?
わ、分かりにくいっ!
何が面白ポイントなのか全然分からない。けど、どっかでこの有りさまを見てる本物の無惨様とか、隣のコクシボー様とかは、これ、面白くてやってるんだ‥‥!コクシボー様も真顔っぽいのに内心プークスして私の反応を楽しんでるんだな。実はちょっぴり笑いそうになってるのを髪で隠したくて頭下げっぱなんでしょ。
なんという、暇を持て余した、神々の遊び。
人間には高度すぎる。
あ、なんか通り魔が残念なものを見る目で見てくる。ホントこの人失礼だな。笑ってケツバットになっちゃえ。
‥‥ところでこの遊び、いつ終わるの?
早く本物の無惨様に会いたいんだけど。