昨晩、鬼の始祖からの強姦未遂という、世にも奇妙な性犯罪に巻き込まれた雫は、帰って直ぐに、家の魔術的な防備を引くほど強化した。嘗ての教え子の一人が見たら、「なんだこれ!やり過ぎだろ!」と噛みつくような出来だった。
 
 しかし、雫からすると、一時凌ぎの突貫工事に過ぎなかった。華族である雫の家は街中にあるので、大規模な魔術は施せない。また、父母や使用人の出入りがあり、自室内以外を弄るのも手間がいる。本格的な魔術を駆使するには、不都合なことばかりだ。
 一刻も早く、不便なここを離れて新たな魔術工房を完成させ、ひっそりと研究に生きたい。
 しかし、前回の山に続き、今回の山も駄目だった。
場所探しは一度据え置き、工房作りに必要な素材を集めることにしよう。

 そう方針を変えた雫は、手始めとばかりに、宝石魔術に必要な鉱石を集めるため、馴染みの宝石卸の社長へ手紙を認めた。



 手紙の返信は、遅滞なく届いた。
良く言えばおおらか、悪く言えば細かい配慮にかけるこの男にしては珍しいことだと、雫は少し怪訝な顔をして文を開いた。

『謹啓 王子殿下に置かれましては益々御清祥のことと存じます。
 手紙の件、承知しました。
 さて、殿下のおメガネに叶う商品を揃えるために、お願いしたいことが御座います。
 弊社と取引している貿易会社の社長が変わり、まだお目にかかれていないので、この機に御挨拶したい所存です。
 尽きましては、是非殿下にも御同席をお願いします。殿下は、私の知る中でイチバン、交渉に長けてらっしゃる男ですから、手紙の商品も良い御値段に出来ると思います。
 今後とも、より一層のご支援ご厚情を賜りますよう、伏してお願い申し上げます。
 デハ何卒、これからも御贔屓にネ。

謹白』

 社長の交替を機に、顔合わせをしつつ値下げ交渉をしたいという内容と、そこにしれっと自分を巻き込もうとする手紙に、ちゃっかりしているあの紳士らしいな、と雫は小さく溜め息を着いた。

「まあ、魔術師同士の権謀術数の中で生きた私の交渉力、凡俗な新人社長殿にお見せしてやろう。」

 意気揚々と応の返事を書き上げると、雫は呪文を唱え、少女の姿から、18歳だった頃の前前世の自分――ケイネス・エルメロイ・アーチボルトに姿を変え、自室から廊下に出た。


「君、これを送っておいてくれ。あと、ティータイムには少し早いが紅茶を。」
「はい、雫様。」

 メイドに手紙を渡し、用件だけ伝えると、雫はさっさとドアを閉めた。

 今世に生まれて、雫が一番最初に使った魔術は、自分を男と思わせるための暗示と幻術だった。
 何故才もあり、高貴な自分が、女というだけで料理やら裁縫やらしか勉強できないのかと、非合理的な教育制度に憤慨した。
 そうして、雫は「自分は男だ」という暗示を家族にかけ、人と会う時は必ず、幻術を幾重にもかけて、男の姿を取るようになった。

他人と接するときは、男の姿。
一人で出歩くときは、女の姿。

そうして姿を使い分けているので、出歩くのを控え、外では男の姿しか見せないようにしていれば、あの変態、無惨とは一生関わらずに済むだろう。
何故か思い出してしまう紅梅色の瞳を頭から振り払おうと、雫はメイドの運んで来た紅茶を流すように飲み干した。



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