朝日が昇って直ぐ、雫は藤の家を出発した。
義勇が起きたのは、それから2時間ほど経ち、陽光が部屋に満ちた頃だった。
気の張り詰めて眠った気のしない日々が続いていたが、今日は体が軽く、気分が良い。
すくっと身体を起こすと、縫い目の端と端を合わせたかのように、几帳面に畳まれた羽織が枕元に置かれていた。それを見て、義勇は昨晩出会った少女のことを思い出した。
異国風の容貌で、男のような口調の、風変わりな少女だった。無惨に遭遇したという彼女だったが、脚を覆う黒い薄布が破れた程度の損傷しかなく、彼女の言う無惨は、自分達の追う鬼の始祖、鬼舞辻無惨とは別の男ではないかと思った。
しかしこんな夜更けに15、6の少女を出歩かせたままにするのも危険だろうと思ったから……だったか、彼女を連れて、この藤の紋の家に来た。
結局、彼女の言う「無惨」が鬼の首魁、鬼舞辻無惨と同一人物かは分からない。
しかし、彼女を襲った者が人間であろうと、鬼であろうと、悍ましい男に違いないと、義勇は彼女の首筋を思い出す。
昨晩、この家に入る前に吹いた、一筋の風。
髪が靡いて晒された、少女らしく華奢で真っ白な首筋には、幾つもの華がびっしりと重なり、たった今つけたかのように赤々と咲いていた。
――男の自分でもぞっとするほどの、最早怨念に近い執着が見て取れる痕だった。
「御館様に、報告せねば。」
人形のように小さく華奢なひとりの少女が、鬼の首魁の毒牙にかかろうとしているならば、なんとしてでも鬼殺を担う自分たちが守らねばと、義勇は刀を手に取った。
こうして、知らないうちに縁は繋がっていく。
誰とも関わらないことを願いとするならば、義勇から奪うべきだったのは、「魔術に関する記憶全て」ではなく、「自分に関する記憶全て」だった。
それに雫が気付くのは、暫く先のこととなる。