山の麓、鬼殺の任務を終えた冨岡義勇は、藤の宿へと向かう途中、奇妙な少女に遭遇した。
向かいからやって来た少女は、金属のような謎の流体を足元に滑らせ、鬼殺隊士でもそう出せない速さで移動していた。
月色に輝く髪に、月明かりで透けるような真白の肌の、奇妙な術を使う少女。彼女は鬼で、これは血鬼術だろうかと、義勇が刀を抜こうとしたときだった。
変形した流体の一部に羽織を掴まれたかと思うと、ぽいっと少女の横に投げ込まれ、何故か彼女と一緒に謎の流体に乗って移動することになってしまった。

「君っ!この辺りで一番近い教会はどこだね?」

 冷静な印象の端整な横顔に反して、酷く焦った高い声で少女が話しかけてきた。
 教会。この異国風の少女にとっては馴染み深い場所かもしれないが、こんな田舎の村にそんな立派な西洋の建物は存在しない。しかし、ただならぬ様子の彼女にそれを伝えても、事態が解決するとも思えない。
そして、彼女の使っている、人智を超えた妙な術。これについて問わねばなるまいと、義勇は口を開いた。

「お前は鬼か。」
「私は教会の場所を聞いている。訳の分からないことを言っていないでさっさと質問に答えろ。」

こめかみに青筋を浮かべながら、少女はちらりと背後へ目をやった。何かに追われていないかを気にするようなそぶりだった。

「そんなものはない。」
「役立たずめ。ではこの際四方を囲まれた、人目につかない建造物であれば何でも良い。」

彼女の発した「役立たず」の言葉に思い当たるところが多く、義勇は胸を痛め、ほんの僅かに眉尻を下げた。
つい先日、水柱を拝命したものの、その名に見合うような実力が自分にあるとは到底思えず、先日の任務でも、自分の力不足で死人を出してしまったばかりだった。
 いっそこうして「役立たず」と罵られた方が楽だなと、義勇は詰られたはずなのに、奇妙な安堵を感じていた。

 一方、雫は義勇に酷くイライラしていた。道中にいたから道案内のために拾ったものの、問いに別の問いを重ねてくる、1つの問いに対する答えが遅いと、問題だらけの男だった。普段であれぱ個性として大して気にも留めなかっただろうが、今は自分の貞操がかかった緊急事態なのだ。

「さっさと手頃な場所を言わんか!無惨とかいう変態に追いつかれるであろうが!」
「無惨だと?鬼舞辻無惨と会ったのか!?」
「君は私の話を聞いていたかね?それに答える暇など、今の私にはない!」

さっさと言えと言っているのにそれを無視し、新たな質問を重ねてくる義勇に酷い頭痛を覚える。
道案内は期待できないし、適当な忘却の暗示だけかけて捨てようと思ったときだった。

「右だ」

分かれ道を真っ直ぐに通りすぎようとした瞬間に、義勇が喋った。

「もう少し早く言わんか!」

そうして、通り過ぎようとした瞬間に出る「右だ」「左だ」の義勇の不親切な道案内に神経を尖らせながら月霊髄液を操り、雫は藤の花が咲く家に辿り着いた。
 月霊髄液を試験管の中に戻していると、ざあっと夜の冷たい風が吹いた。寒さに気を遣ったのか、ふわりと羽織を被せてきた義勇に、この男も紳士らしい気遣いが出来たのだな、と雫は少し感心した。

 さて、先程のはこうして陣地を作るための、戦略的撤退である。決して怖気付いた訳でも、敗走した訳でもない。
 ここを簡易な魔術工房とし、あの強姦魔が近づいてきたら塵も残さず焼き払ってやる。
何故か道案内一つできない無能な男がついてきてしまったが、後で記憶を消せば問題ない。今はあの変態を近づけさせないことが最優先事項だ。

「鬼舞辻無惨と会ったとは本当か」
「今忙しい。黙ってくれ。」

屋敷の主から貰った塩で魔法陣を描いている最中に口を挟んでくる義勇を黙らせ、呪文を唱える。
すると、塩で描かれた線が蒼白く光り、その光が室内を覆った。
 
「魔性特防の結界を構築した。これで1週間は奴の侵入を阻めるだろう。」

義勇には、あった筈の塩が消え、何の変哲もない部屋に戻ったように見えたが、心なしか空気が澄んで、明るい室内になった気がした。

「さて……君はあの男、無惨のことを何か知っているのかね。」

コクリと頷き、名を簡単に名乗ると、無惨のこと、鬼のことを落ち着いた声で話し始めた。
太陽と藤の花が弱点であること、日輪刀で頸を落とさねば倒せないこと。
討つために必要な事項を一通り聞き、雫は義勇の目を覗き込んだ。

「ミスター・冨岡、情報提供感謝する。さて、ここは安全だ。『一眠りすると良い。そして君は起きたとき、私の使った魔術について、一切覚えていない』」

 雫の深い湖のような青色の瞳と目を合わせられ、頭が心地よくぼんやりとしてくるのを感じながら、義勇は瞼の重さに従って目を閉じた。

「おやすみ」

 暗示をかけ、眠りに落ちた義勇を月霊髄液で布団に運ぶと、雫は山で対峙した鬼舞辻無惨のことを思い出した。

心臓を刺したときは、確かに殺す気だったのに。
あんな気休めの呪いではなく、魔性特攻の魔法陣を組んで、殺すことだって出来たのに。
何故、躊躇してしまったんだろう――。
頭の中でいくつも疑問符を浮かべ、小首を傾げる雫だったが、他人の気持ちを推し測ることのできない彼女は、自分自身の気持ちも測ることができなかった。
 良い土地だったが、奴とまた遭遇しては堪らないから、もう1つの候補の方を近いうちに視察に行こうと、雫は魔術工房作りに思いを馳せた。



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