妻は、美しいものを愛した。
瞬く星を見上げる目は輝き、庭の花を眺める目は少しばかり緩んでいた。
自ら描いた庭の絵は、風の吹く様や水の音が聞こえてくるような仕上がりで、漢詩の書写も、元の物より流麗な字で書き上げていた。

幾らか増やした鬼の中、下弦の伍に据えた累は、妻の好む美しさを供えた少年だった。
鬼となって白く染まった髪は、白い肌と相俟って、月の光の下では輝くようだった。
そして、人間だった頃の病弱さをどこかに残し、少年の姿でいる累は、妻と初めて出逢った頃の自分と、とてもよく似ていた。
そして己は何より、累の瞳の色が気に入っていた。瞳に混じる青色は、妻のその色によく似ていた。

 己にも、妻にも似ている累。
子供を欲しがっていた雫に、「私たちの子供だ」と累を見せれば、何かを思い出すのではないか。
思い出さなくとも、他人の好意を無下にはできない雫のことだ。家族を欲しがる累に、瞳を潤わせて見上げられれば、ころっと絆されそうだ。

折角、その可能性に気づいたのに。

「累が、殺された――」

何も覚えていない雫と己を繋ぐ希望と為り得た少年は、鬼狩り共に殺されてしまった。

「下弦などもう要らぬ。」

 妻は美しいものを愛した。
雫の遺体を喰らって血肉とした己の血が生み出した鬼共。何匹増やしても、雫に似た者は一向に生まれない。
数ばかり無駄に揃えても、きっと、誰も妻の目には留まらない。累が、累だけが、その可能性を持っていた。
累以外の下弦共。彼等は見目の美しさが足りぬのは勿論、その精神も無様で、貴族として高潔であろうとする妻の前にはとても出すことが出来ない。
己の役に立たない、妻の目も引かない。
生かしておく意味などどこにあるというのか。

それにあの夜、妻は腹の中に役立たずを抱えていたせいで死んだのだ。

――役立たず(こども)は、もう要らぬ。

 妻の最期となった、美しい月の夜を思い出す。月明かりに照らされた蒼白い妻の骸の記憶に顔を歪めながら、無惨は鳴女に全ての下弦の召集を指示した。



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