聖誕祭が終わり、降り積もった粉雪が街をしめやかな白銀で覆った頃、小さな唇から白い息を吐き、6歳の雫は愛すべき故郷――ロンドンの時計塔の門扉を叩いた。
世界線を超えて生まれ落ちたからか、アインツベルンの魔術師殺しに破壊され、修復不可能だったはずの魔術回路は変質し、元通りどころか、本数も増え、より美しい形に整えられていた。
これならば、時計塔へ帰れるかもしれない。エルメロイの家名を名乗れなくとも、相応の才は奇跡的に引き継がれているのだ。
塔へ戻り、冠位を授かり、根源に至る糸口を見つけ出せたなら、あの夜失ってしまった魔術師の誇りを取り戻せる。そう思っての訪問だった。
そして何より、きっと自分は帰りたかった。
自分に失敗を教えなかった、完璧で囲まれた美しい箱庭が恋しかった。
そして、少しの期待と不安で震える手で時計塔の扉を開いて、この世界の時計塔は、文字通り只の時計塔でしかないという事実を突きつけられた。
魔術の総本山を束ねる君主どころか、魔術師の一人もそこには存在しなかった。
地上はもちろん、神秘の色濃く残る地下迷宮、霊墓アルビオンも、まるで自分の空想だったかのように、ロンドンのどこにも在りはしなかった。
魔術協会がロンドンを拠点とした理由である霊墓が存在しないのだ。協会が存在しよう筈もない。
帰れる場所なんてある訳ないだろう。
現代兵器に頼った魔術師の恥さらしが、どの面を下げてやって来たのだ。
頭の中で、誰かがそうせせら笑う。
どこかで、雪の重さに耐えきれず、ぱきりと冬枯れの枝の折れる音がした。