無惨が自分を監禁するための座敷牢建設に勤しみ、人海戦術ならぬ鬼海千術で自分を探していることなど露程も知らずに、雫は男の姿でとある宝石商の社長を訪ねた。

「やあ、殿下!久しぶりだネ。」
「お久しぶりです。私ももう18なので、王子だの殿下だのと呼ぶのはそろそろ……。」
「王子殿下は王子殿下サ。王子らしいところ、今日も期待してるヨ。」
「ぬかりなく。対価は相応に頂きますがね。」

日本人の両親から生まれたのに、異国風の容姿の雫を遠巻きにする者もいたが、この男はその差異を「王子」と呼んで可愛がった。
そのため、手袋を外して握手を交わす程度には、雫はこのやや馴れ馴れしい初老の男を気に入っている。
 男に応接間へと案内され、雫は社長の隣に用意された、上等な椅子に腰をかけた。

「こんな若造が居ては、新しい社長とやらは面白くないかもしれませんな。」
「いやあ〜、どうだろうネ〜。若くて二枚目で有能って話は聞いたケド、性格は分からないなあ〜。細君の方は知ってるヨ。殿下好みの別嬪サン。前の旦那サンとのご令嬢も、細君に似て可愛くってネ。」
「前の旦那?」
「ああ、前の旦那さん、どうも殺されたらしいんだよ。犯人も見つかっていないらしい。そこにすっぽりと収まったのが今の社長さ。」

おどけた口調と柔らかい声から一転、男が低く声を潜めて言った。

「それは、何とも――。」

不気味な話だ。
尤も、名門の魔術師界隈だと、後継者争いで殺したり殺されたりは日常茶飯事だったので、あまり驚くような話ではないが。

「ま、そんな訳だから、足元を見るにしても、死なないようにやりたいなと思ってネ。」
「成程。まあ、こんな就業時間外も良いところな時間を指定のうえ、『妻子との用事があるので手短に』なんて言ってくるような失礼な男です。身元の知れないその男に、華族である私が上流階級のマナーというものをきっちりとお教えしましょう。」
「ヨッ!さすが殿下!頼りにしてるからネ。」

前世の義妹から「調子に乗りやすい」、U世を名乗ることになった嘗ての教え子から、「ああ見えて扱いやすい」と評された魔術師は、今世においてもおだてに乗りやすく、ふふんと自信満々に胸を張って紅茶を口にした。

 そうして、自分達に有利な交渉の雰囲気が整いつつある部屋に、ノックの音が響いた。
雫は貴族の優雅と余裕に満ちた目でドアが開くのを高慢に眺め、――絶句した。

「初めまして。今まで挨拶が出来ずにおり、申し訳ありません。本日はどうぞ、宜しくお願いします。」

、――何で、お前がここに居るんだ。

上品な礼の後、ニッコリと胡散臭い笑顔を向けた洋装の男に、雫はひくっと唇の端を引きつらせた。



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