波乱の結婚前夜


政略結婚か。
月色の髪を耳にかけ、青い瞳を細めながら、その類い稀な容姿ゆえに「妖(あやかし)憑き」と噂されている少女、雫は静かに溜め息をついた。
自分の前世の名はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。名門貴族アーチボルト家の当主だった自分は、家の存続が如何に重要な問題かを理解している。理解してはいるが、今晩結ばれてしまうことだけは避けねばならない。自分の現在の実力全てを注ぎ込んで、事が起きるのを避けようと胸に誓った。


事の起こりは数刻前に遡る。
「文はもう交わした体裁になっており、今晩男が来るからそれを受け入れるように。」
父の遣いを名乗る男の言伝に、雫は軽い頭痛を覚えた。
男性と文を交わし、夜這いに来た男を女が受け入れることで結婚、以降は夫が妻の元へ通うという形式を取るのがこの平安の貴族での主流だと周囲からは聞いているが、自分はどうやらそうではないらしい。
文を交わした体裁にしているなら、そこも男が既に来た体裁にすれば良いだろうと呆れ、そのように苦言を呈したところ、遣いの男が「女の幸せを知るべきだ」などと訳の分からないことを宣ったので、頭痛がさらに酷くなった。未だに持論を喋り続ける男の言う「女の幸せ」とはどうやら性の悦楽のことのようで、要は「妖憑きで需要のないお前は同じく需要/Zeroの病弱な男と結婚させられるので、一生セッ○スできないだろう。それでは可哀想だから今日特別にセッ○スできる健康な男を派遣してやる。ありがたく思え。」という趣旨のようだ。
他魔術師との争いや他名門との政争においては智略謀略を尽くし、研究においては数多の成果を残した前世の自分においても全く至らなかった斬新な発想である。あまりに自分と解離した発想に頭痛も一瞬で吹き飛んだ。
余計なお世話も良いところだし、結婚相手なら未だしも、何故全くの他人に体を許さねばならないのか、しかもそれをありがたく思わなければならないのか。全く以て理解できない。しかしそれを説いても理解できるような頭でないのは一目瞭然だし、これ以上は自分にとって時間の無駄だ。
そう判断した雫は、壊れた蓄音機の騒音だと聞き流すことにした。
……だが、かつてロード・エルメロイとして名を馳せた自分に対する敬意を微塵も感じられないどころか、女であるという点だけで随分と見下してくる態度が癪だったので、帰り際、去っていく背中には呪い(ガンド)を飛ばしておいた。良くて下痢程度で済むだろう。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの好きなものは「自分」だ。そして愛しているのは嘗ての婚約者のソラウただ一人。この尊い身の価値が分からない男に触れさせてやる気は一切ない。

「よろしい、ならばこれは婚姻ではなく誅伐だ」

ぽつりとこぼした声は静かだったが、どこの誰とも知れぬ輩に大事な操を渡してたまるかと、雫の血は滾っていた。



[ 2/28 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -