背後で無惨が柔らかな笑みを見せていたことに気づかないまま、雫は庭を歩いていた。
 庭先に花が咲いているのを見ていると、無惨に「つまらない庭」呼ばわりされた時のことが思い出された。

 確かに殺風景だったので、花を咲かせてみたものの、無惨が不満げに「こんなものを咲かせる暇があったら、青い彼岸花を咲かせろ。」と言うものだから、青い花ならば薔薇の方が相応しいだろうと、自分の才能を駆使して作った青い薔薇の花束を贈った。それでもやはり何か言いたげな目をするので、確かにこの時代では価値が分からないだろうと、青薔薇が如何に珍しいかを話して聞かせたが、無惨は緩やかな巻毛をくるくると指に巻き付けて弄っており、完全に興味のない様子だった。
 その後、女中が居なくて不便だとも言うので、それもそうかと思い、前世の聖杯戦争でも使用した礼装「月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)」に人型を取らせ、無惨の身の回りの世話をするよう自動制御もした。水銀で出来ている、明らかに人間ではないことを何か言うだろうかと思ったが、無惨は特に何も言うことなく、だが、それなりに満足して使っているようだった。
 そうして振り返ると、多少すれ違うこともあるが、春の陽気のように満ち足りて穏やかな日々を過ごしていて、紛れもなく、今の自分は幸福の中にいると雫は感じた。
 あとは、子を産み、魔術を習得させることができれば、今回の自分の人生には悔いがない。

――たったそれだけのことしか、望んでいないのに。
「どうして英雄気取りは私の邪魔ばかりするのだろう。」
 まだ日の高い昼間だというのに、顔よりも大きな炎を灯す松明を手にした不審な来訪者に、雫は溜め息をついた。




「我が屋敷に何の御用かね。」

 脳を震わせるような女の声に、松明を持った少年は直ぐ様振り向き、飛び退くようにして声の主から距離を取った。

「俺が分かるか。」
「知る訳ないだろう。」

さして興味もないと言った様子で雫が言うと、松明を持っていない方の手で、少年は斧を掲げた。
最近は無惨と共に山に引き籠っているし、嘗ては都で貴族として暮らしていたので、見るからに平民の少年と、面識などあろう筈がなかった。

「この斧に、見覚えはないか!」
「生憎木こりの知人は居なくてね。」

雫はただ事実を述べたつもりだが、少年は屈辱だとでも言うように、眉を歪め、歯を食い縛った。

「う、うおおおおおお!」

唸り声を上げて、少年は松明を屋敷へと放り投げ、斧を振り上げて雫へと向かってくる。

「Fervor,mei Sanguis(沸き立て、我が血潮)!」

無惨の元にいたであろう月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)――魔力を充填した水銀――を呪文で呼び寄せて防御しながら、池の水を松明の明かりへと飛ばし、消火する。

「――雫!」

驚き、焦った様子の無惨の呼ぶ声が部屋から聞こえる。

「Automatoportum defensio(自律防御):Automatoportum quaerere(自動索敵):Dilectus incrisio(指定攻撃)」

気のせいだろうか。まだ昼間だというのに、彼の声と共に襖が少し動いたような、やけに白い指が見えたような気がしたのは。
早鐘を打つ胸のまま、足元に風を滑らせるようにして、雫は声の聞こえた部屋へと向かった。こんな時だと言うのに、やけに眠気を感じる自分に、苛立ちと、言い知れぬ不安が過っていた。



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