「少し散歩をしてくる。」

正午を過ぎて暫くした頃、雫は腹を抱えながら身を起こした。

「散歩はもう止めた方が良いのではないか。」

のそり、のそりと胎児分の体重を乗せて歩く姿は、病人が無理をしているような足取りであり、嘗て病で不自由をした無惨にとって、見ていて気分の良いものではなかった。

「日を浴びて、適度な運動はしておきたい。」

慈しむように頬を緩め、白く小さな手で腹を撫でる。自分の出られない日差しの元へ、雫を連れていき、自分が受けて当然だったはずの雫の愛を独占する子供が妬ましい。そんな恨めしさの籠った目で、無惨は言った。

「私を暗がりへ置いていって楽しいか。」
「そう拗ねないでくれ。散歩と行っても、庭を少し歩いて戻ってくるだけだよ。」

袖を掴んでいた無惨の腕を、雫は子をあやすような手つきで撫でた。もちろん、無惨はそんなことで機嫌が良くなるような男では無かったので、依然無惨は退く気配を見せず、しかめっ面で雫の前に立っていた。
 しかし、幾ら雫が夜に慣れているとは行っても、それは所詮「人間の中では」という枕詞が付くもので、無惨のような完全に夜行型の存在と違って、日に当たらないで過ごすというのは健康的にも精神衛生的にも宜しくない。雫は何とかして無惨を越えて、太陽の光を浴びたかった。

「無惨」

今度は雫が無惨の袖を引っ張った。そしてそのまま、しーっと言いながら、顔の前に人指し指を立てた。
それは雫が内緒話をするときの仕草だった。

「戻ってきたら、私のとっておきの秘密を教えてあげよう。」

子の教育方針にも関わることなので、この際自分が魔術師であることを無惨に明かそう。以前から何れ言おうと思っていたものの、なかなか良い頃合いが無かったので、丁度良い。それに、今日は――。
考える中、今日がある日と重なっていることに気づき、雫は区切りのためにも今日言おうと決めた。

「……つまらぬことではないだろうな。」
「まさか!……私の過去、現在、未来、総てに通ずることだよ。この23年間、誰にも話したことのない秘密だ。」

途端に、無惨は鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を丸くした。まだ秘密について何も喋っていないのに、何故そのような表情をするのかと、雫もぱちぱちと瞬きをした。

「お前、23だったのか……。」
「言っていなかったか?」
「初耳だ。」

見た目よりも年を重ねていることは、彼女の言葉の端々から感じられたが、外見の幼さに引き摺られ、精々自分と1、2歳くらいの差だろうと思っていた。予想よりも年上だったことに無惨は目を見張り、まじまじと雫を見た。
 己が抱くようになってから、線の細い少年と言われても通じるようだった当初に比べれば、女性的な丸みが出てきたように思えなくもない。……極僅かにではあるが。
 そこまで考えてやっと、無惨はあることに気がついた。
 自分が歳を取らないので気にしたことはなかったが、雫もまた、歳を取っている様子がない。

「雫、お前は何故歳を取らない?」

途端、月色の睫毛に覆われた、清澄な水のように冴え渡る青い瞳と目が合った。澄んでいるのに、底無し沼のように果てのない深淵を感じさせる瞳だった。

「我が最大の秘密と共に打ち明けよう。戻って来たらな。」

 清風のような声とは裏腹に、のっしのっしと肥えた獣のようにゆっくり歩いていく様が面白く、無惨はくすりと笑いながら雫を見送った。
 これまでにしたことのない、穏やかな笑顔だった。



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