星々の祝福を

 目が覚め、ぼんやりと天井を見つめていると、目の周りに浮腫(むく)んでいるような違和感があった。
その違和感で、雫は昨晩のことを思い出した。

無様に取り乱して、そのまま無惨に抱きついて、そのあと一体どうしたんだったか……。

考えながらごろりと横に寝返りを打つと、薄暗い部屋の中でもやけに光る、紅梅色の双眼と目が合った。

「…………むざん?」
「何だ。」

返事と共に、無惨の生白い手が、寝返りを打ったときに頬へと落ちてきた雫の髪を耳に掛けて整えた。頬を擽るように掠めた指先がやけに冷たくて、雫はぴくりと身を震わせた。

「昨日はその、情けないところを見せてしまった。……忘れて欲しい。」
「ああ……。お前も人の子だったのだな。」

腫れてしまった瞳の周りの皮膚を労るかのように撫でながら、無惨は平淡な声で言った。

「何だ。無惨も私を妖憑きだと思っているのかな?」

腫れた目のまま挑発的な笑みを作る雫が何だか面白く、無惨もふっと笑みを溢した。

「いっそ妖に憑かれた方が人らしくなるのではないか?」
「君は本当に私を何だと思っている!?」

心外だという風に雫は頬を膨らませたが、これまでの数々の奇行を思えば、妖の方がまだ人の理にかなった行動をするのではないかと無惨は思った。

「予定よりも随分と早くに帰ってきたが、一体どこに行っていた?目的はちゃんと果たしたのだろうな?」

 聞いてもいないことをダラダラと喋る女中と違い、雫は普段の自分がどう過ごしているかを口にしない。口にしても、途中から明後日の方向へと話が駆け抜けて行くこともあるため、雫の返事にはあまり期待せず、世間話のような気持ちで無惨は聞いた。

「ああ、宋に行こうとしたんだが、目的の男が死んだと報せが入ったから、そのまま帰ってきた。」
「ほう。夫の私が病で苦しんでいたというのに、お前は男欲しさに宋まで行っていたのか。」

 いっそ恐ろしいくらいの優しい手つきで雫の頬をゆっくりとさすりながら、無惨は雫の言葉を追及した。内心では、学問好きが高じて異国の学者のもとを訪れたのであって、性的な興味は皆無だろうとあたりをつけてはいた。しかし、どんな形であれ自分以外の男に興味を示すことが気に食わず、睦言の言葉遊びのように軽い気持ちで口にしたことだった。雫から自分だけを愛しているという言葉が聞ければ、それで良かった。
 しかし、この問いは対する雫の回答は、無惨の想定とは異なる、とんでもない内容だった。

「子は欲しかったが、男は別に欲していないよ。君がいれば良い。」

柔らかな日射しのように穏やかな笑顔で、雫は無惨の頬に触れながら言った。
得られた回答の最後は無惨の欲しかった言葉で締め括られたが、雫の穏やかな表情とは異なり、前段が絶対に、明らかにおかしかった。

「子が……何だと?」
「ああ、私では君の治療に限界があったから、私の血を継ぐ優秀な子を、君の薬師として育てたかったんだ。作業の性質上、性交は必要になるが、男には種馬としての価値しかないから安心して欲しい。」

 さらりと述べる雫に、混乱した無惨は目をぱちくりと見開き、脳内に大量の疑問符を浮かべた。
 生来の癇癪持ちである無惨にとって、子を成す前提での他人との性交など、どんな事情でも激昂する筈のことだったが、激昂を上回る勢いで混乱が頭を埋め尽くしたため、激昂のままに妻を殺すという悲劇は免れた。

「……私は病を克服した。薬師などもう不要だ。何より、お前は私の妻なのだから、夫以外の人間と交わるものではない。」
「妻と夫……。」

 釈然としないまま、割とまともな説教を試みる無惨だったが、妻と夫という言葉の方に反応し、雫はほわほわと浮かれ始めた。前世の婚約者と結婚まで到れなかったことを思えば、彼女の浮かれようも仕方のないことではある。
 そんな前世の事情を無惨は当然知らないが、幸せを噛み締めるような呟きと、薄紅に色づく頬には年頃の少女らしい可愛さを感じた。

「私の妻であることは、そんなに嬉しいか。」
「勿論だとも。」

掛け布団の下で、雫が機嫌の良い猫のように小さな身を寄せ、愛しさに溢れた青い瞳で無惨を映した。

「ならば、今夜契るか……?」

もう、病に侵されていた時の脆弱な自分とは違うのだということを分からせてやりたかったのかもしれない。
 無惨は男とは思えぬ妖艶な笑みを浮かべ、雫の耳元で甘く低い声で色っぽく囁いた。

「はぅっ……」

 あまりの刺激の強さに、雫は火がついたように顔を真っ赤に染め、身を抱えるように悶えると、くたりと気絶してしまった。
 性的興奮で魔力が暴走し、壊れた魔術回路を駆け巡ったのが原因だったが、魔術のことを知らない無惨にはそれなりの衝撃を与えた。
 嘗ては自分へ熱心に愛を囁いた男を完膚なきまでに口撃し、つい先日は他人との子作りを目論んで海を渡ろうとしていたような、常人とは違う感覚に生きるとんでもない女だというのに、少し囁いただけで悶えて気絶してしまった。
 驚きもあったが、いつも自分の先を行く雫が、自分の些細な行動で翻弄されている様は中々に愉快だった。

――今まで散々翻弄された分、これからはこうして存分にからかってやろう。

倒れた雫を抱え上げながら、そうほくそ笑む無惨だったが、腕の中で気絶したままの雫は無惨の思惑を知る由もなかった。



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