そして妻に恋をする

 無惨の家との結び付きが欲しいだけなので、結婚の合意形成さえ出来れば、あとは極端な話死んでくれても構わない。
そんな雫の考えは、襖を開けて男の顔を見た瞬間に弾け飛んだ。

――ソラウ……!
強気さの窺える目元の印象だろうか。彼女、いや、彼は嘗て自分が愛した女性、ソラウと重なる。
今世でこれ以上に自分の心を揺さぶる男なんていないだろう。
「用は済んだだろう。帰れ。」
高慢で貴人然とした物言いもソラウに似ている。最早これは神が自分に与え給うた運命の相手に違いない。今世の自分の夫はもう彼で決まりだ。

それまでの事務的な無表情を少しずつ緩ませながら、雫は夫となる男をその青い瞳で柔らかに見つめた。



……何だこいつは。
無惨の雫に対する第一印象はその一言に尽きる。
妖憑き、人外の見た目と聞いて、無惨は痘痕(あばた)だらけの醜女でも来るのかと考えていた。
しかし、実際に自分のもとを訪れた女は、この暗い部屋でも淡く灯るような月光の髪に、聡明さの見てとれる凛とした青い瞳の少女だった。ただ礼をする、座っているという当たり前の動作ですらも流麗で、今まで自分の周りにいたような女、世話係の女中たちとは違う、貴い身分であることが明らかだった。
しかし、この娘がどういった容貌、身分であろうと、20を迎えずにこの世を去ると言われている自分には関係のないことだ。まだ幼いが、聡明そうなこの娘なら、これが形ばかりの婚姻であると正しく理解しているだろう。何の目的で来たかは分からないが、お互い長居は無用の筈だ。
そう考え、「そらう」と呟いたきりぼうっと自分の顔を見つめたままの娘へ帰るよう告げたところ、蒼白い頬がポッと染まった。
……何故そうなる。
普通の女は、聞き分けよくすごすごと帰るか、病弱の癖に高慢な態度を取ることに眉をしかめるかだろう。
奇妙な反応を訝しく思いながらも、無惨は不思議とそれが嫌ではなかった。好意的な感情を受けた記憶が乏しくとも、この反応が何らかの好意を示しているものだということは無惨にも分かった。
 雫の好意的な反応について、後の、鬼となって幾年も過ごした無惨であれば、「お前は被虐趣味でもあるのか?」という皮肉も出ようものだが、15を迎えたばかりの、男女の彼是を知らぬ無惨の純粋な頭では考えつかないことだった。
 
雫の存在はこの時をはじめ、興味のない形だけの妻から、奇異な女として無惨の記憶に刻まれた。
――自分に示された好意への、ほんの少しの胸の高鳴りとともに。



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