ネットニュースで「『ガクチカ』がない時の対処法」というタイトルの記事を見かけて、つい流し読みをしてしまった。
ガクチカとは学生時代に力を入れたことの略で、記事の大筋は「就職活動において、面接官にどんなエピソードを伝えれば内定に近づくか」という話である。自分の学生時代を振り返り、そんなことで悩んだだろうかと首を捻ると同時に、ふと、呪術高専の生徒たちはなんと答えるのだろうかと疑問に思った。
「……ガクチカ?」
わたしの問いかけに、目の前の黒い制服の女子生徒がこくりと頷く。わたしがガクチカという言葉を初めて聞いたのはその時だ。
三年前、わたしは初めて呪術高専東京校の敷地内に足を踏み入れた。『窓』の人間として、そして薬剤師として、学校医と連携するために出入りをする立場にあったからだ。外部の人間でありながら呪いを認識している存在、かつ女性。そんなわたしはそこそこ珍しい存在であったらしく、学生ともよく会話をしたものだ。
ある時、薬箱をセットするわたしの横に立ち、「ガクチカエピソードがない」と悩みを打ち明けてきた学生がいた。それが彼女との初対面だった。
「まぁ、毎日呪霊を祓ってますとは言えないもんねぇ」
わたしの同情的な受け答えに、彼女はそうなんですと呟き俯く。日頃から命を賭して呪霊祓除に赴く彼女らは、実社会では裏方の存在。わたしは呪いを知っているから感謝はしているが、それ以外のことでは力になれない。少々心が痛む。
「就職活動をするの? 呪術師になろうとは思わないの?」
彼女は暗い面持ちのまま、できることならなりたくはないと言った。わたしは気持ちはわかると思ったが、言葉にはしなかった。彼女がどの程度本気でそう思っているのか、呪術師としてのレベルがどれ程のものなのか、わたしは知るつもりもなかった。
彼女にとっては数少ない、外の世界の「大人」であるわたしに縋るその手のひらを、わたしはもっときちんと取り扱い、彼女に本気で寄り添うべきだったのだろうと、今では思うのだ。
「その子、亡くなりましたよ。二年前に」
彼女の名前を出し近況を尋ねたわたしに、高専の学校医である家入さんが端的に言った。聞けば、ある日の任務で格上の呪霊に殺害されたのだそうだ。そうですかと答えた声が震えた。
きっと彼女は、上手なガクチカエピソードを考える前に亡くなってしまったのだろう。それも一つの運で、分岐点だと思う。もしも、良いガクチカが浮かんでいたら、彼女は違う未来に向かう希望をもてただろうか。任務を受けて亡くなる運命は変わらなかったかもしれない。
いずれにしても、わたしはあの日を後悔している。せめて、助けを求めたその手を、もっと誠実に取り扱える人間であれば良かった。ガクチカなんて、今後も続く人生の中では些細な問題だと、教えてあげれば良かった。