「あ、気が付いた」

 家入さんの声にわたしははっと顔を上げる。彼女に駆け寄り隣に並ぶと、真っ白なベッドに横たわる身体の、まん丸な両目がわたしの顔を見つめ返した。
 単独での呪霊祓除の任務に赴いた先で、彼女――白主澪さんは軽傷を負って、同伴していた補助監督であるわたしに、この高専医務室に担ぎ込まれたというのが顛末だ。
 家入さんの治療を受け、静かに眠る彼女は家入さんの見立てでは「全然問題ない」との事だが、せめて目が覚めるところは見届けたい。そんな思いで医務室を彷徨くわたしに呆れた視線を向ける家入さんが、ふと白主さんに視線を戻したところで、彼女はパチッとまぶたを上げた。

「わーっ、白主さん、よかった!大丈夫!?痛いところはない!?」

 うるさいと家入さんの声が飛ぶ。身体を起こす白主さんの肩を支えながら彼女の顔を見つめた。ぱちぱちと瞬きを繰り返すその表情が、状況を察した様子でにこりと微笑んだ。

「大丈夫です!元気いっぱいです!すみません、ご心配かけて」

白主さんの笑顔を見た瞬間、ぶわっとまぶたに熱が集まる感覚があった。急に涙ぐんだわたしに、白主さんはぎょっとしたような表情を向けた。

「大人がそんなにすぐに泣いてどうすんの」

 家入さんの呆れた声音に、だって、と子供じみた言葉を力なく返す。
 わたしは補助監督ではあるが実務は事務員寄りで、呪術師の送迎はすれど同伴任務を任されることは少ない。久しぶりだなぁ、まぁ準二級の呪霊なら問題ないよね、などと白主さんと和やかに話しながら現着した。
 外で待機していたわたしの携帯に、任務を終えたと元気な声で連絡が入ったのは僅か三十分後のことだった。単独任務はまだ多くはこなしていないはずなのに、白主さんは優秀な子なのだと胸を撫で下ろす。
 しかし待てど暮らせど現場である廃ビルから出てこないので、わたしは錆び付いた扉を押し開けて彼女を探した。すぐに彼女は見つかったが、薄汚れた床に伏す姿を見た瞬間は血の気が下がった。彼女の傍らに転がっていたのは呪力の残穢が残る工具で、わたしは、この鋸や釘が彼女の心を乱したのかもしれないと感じた。
 ともあれ、最優先は彼女を無事に高専に連れ帰ることだ。わたしは無我夢中で、気絶している白主さんの身体を抱き抱えた。

「外傷なし。特に治療もしてないよ。で、なんで倒れたの?」
「うーん、あんまり覚えてないんですよね。向こうも術式を使ったのかな」
「タダでは起きない、悪足掻きみたいなことか。それはあるかもね」

 二人の会話を聞きつつ、深呼吸して嗚咽を落ち着かせる。白主さんはわたしを見て「ホントに心配いらないですよ!」と言って笑った。

「……ありがとう。頼りにならなくてごめんね」

 いえ!と顔の前で手を振る彼女の表情は、依然として気遣わしげな満面の笑みを崩さない。
 任務に赴く生徒を笑って迎えてあげたかったのはわたしだ。たとえ悔しげに表情を歪めていても、大したことなかったと気が大きくなっていても、彼女のように笑っていても、あなたはすごいと褒めてあげたい。無事を喜んで笑顔を向けたい。

「白主さんは、笑顔が可愛いね。元気になるよ。ありがとう」

 そこに秘められた思いは知らない。だけどわたしは彼女の笑顔が好きだ。白主さんは一瞬だけ目を見開いた後、何かを言いかけたように見えたが、何も言わずに唇を閉じ合わせた。
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