改札を出てタクシー乗り場に向かう。乗換で最寄り駅に向かう在来線の終電は既になく、ロータリーには迎えを待つ人と居酒屋に向かう人が数人見受けられるのみ。わたしは眠い目をこすりながら、縦列に停車しているタクシーの一番前の車両を目指し歩を進めていた。ふいに、聞こえるはずのない声に名字を呼ばれ、ふわふわとした頭で「今日は疲れてるなぁ」と考えながら振り返ると、いるはずのない人が立っていた。呆れたような表情と視線がかち合い、わたしは急速に眠気とおさらばした。

「なっ、七海さん!?」
「お疲れ様です。大丈夫ですか、ボーッとしているようですが」
「え、夢……?なんでここに……」

 どぎまぎしながら言葉を返すわたしに、七海さんは小さく息を吐いて「スマホ、見ていないですか」と言った。心当たりが見つけられないわたしは慌ててバッグの中からスマホを引っ掴んで画面に明かりを灯す。高専職員専用のチャットと、個人のメッセージアプリに通知が数件入っている。送り主はほとんどが七海さんだった。

「す……すみません、全然気付かず……」
「私の方こそ、時間外にすみません」

 わたしは首を横に振る。高専のチャットはともかく、個人的に送られたメッセージに時間外も何もない。内容は、わたしが送った「京都校出張で帰りが遅くなったので直帰します」という旨を伊地知さんに報告したことを、たまたまその時伊地知さんと一緒にいた七海さんが聞くところとなり、では迎えに行きますと七海さんが答えた……そんな経緯が簡素に綴られていた。おそらくたった今わたしが画面を開いたことによって「既読」の二文字がついた自分のスマホのメッセージ画面を、七海さんが無言で眺めている。

「……私は、今日は現場が夕方からだったんです。あなたや伊地知くんは朝からでしょう」

 だから気にしないでいい、という話なのだろうが、わたしはいいえ、それでもと食い下がる。それこそ朝夜関係なく現場で戦う呪術師の方に送迎させるのは気が引ける。そのためにわたし達裏方がいるのだ。七海さんは頑固なわたしについに折れた様子で、「とにかく、今日はもう来てしまったので、諦めてください」と言いながらわたしの胸の前に白い袋を差し出した。疑問符を浮かべながら受け取るわたしに、七海さんが「どうぞ」と駄目押しの一言。中にはまだ温かい缶コーヒーと、フルーツサンドが入っていた。

「わ……これ、有名なお店の……!」

 思わず頬も気も緩み、わたしは慌てて七海さんに感謝を述べながら頭を下げた。七海さんは何も言わなかったが、見上げたその表情は穏やかに目を細め、ゆるく口角が弧を描いていた。七海さんの笑顔はものすごく珍しい。次の瞬間にはもう真顔に戻ってしまったけど、わたしは身体が熱くなって困ってしまった。

「……あの、今度なにかお礼を……」

 ぼそぼそと言葉を続けるわたしに、七海さんは「いいえ、もう頂きましたので」と答えた。感謝の言葉で事足りてしまうのは七海さんらしいが、それではわたしの気が済まない。それを伝えると七海さんは振り返り、わたしの顔をじっと見下ろした。そうじゃないですよ、と告げながら。

「笑顔を見せていただきました。それで十分です」

 七海さんはすぐにわたしに背を向け、また歩き出してしまった。そんなの困る。彼のまっすぐ伸びる背中を追いかけながら、わたしは燃えそうに熱い頬をどうにかしようと、冷たい手のひらで自身の両頬にふれた。
≪back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -