高専に戻るや否や、五条さんに肩を掴まれ飲み屋に連行された。今日は車なんですが、と抵抗にもならないことを告げてはみたが「えっ、七海今日車なの?んじゃ帰りにみんなのこと送ってよ」とむしろ歓迎の意を示されたので、聞こえよがしに舌打ちを漏らす。あはは、と同情的な乾いた笑いに気取られ顔を上げると、同僚の事務員の姿が目に入った。五条さんの重たい肩を無造作に取っ払い、気遣わしげな視線を向ける彼女の隣に並んだ。

「すみません、いつもこんな遠くまで送らせてしまって」

 律儀に助手席で頭を下げる彼女に、ついでですから気にしないでくださいと言葉を返す。いつものことだ。目新しいメンバーでもない、特別な節目でもない、そんな普通の日でも宴席は賑やかだった。どうせ今日は飲めないからと端の席を陣取り、適当に手の届く場所にある食事を腹に収める私に、彼女はよく気を配ってくれた。これもいつものこと。彼女の視線は特別な感情を帯びることなく、その場にいる全員に気遣いという形で向かう。彼女のそういった性格は好ましく感じる。私の送迎も、何も特別と感じる必要などないというのに、彼女はいつでも特別なことのように笑って感謝を述べる。

「あ……」

 窓の外に視線を向け彼女が声を漏らした。どうしましたと尋ねると、なんでもないですと言いながらこちらを向いた。ハンドルを握ったまま横目で視線を合わせ、彼女の先刻の視線の先を探る。「あのクリーニング店ですか?寄りましょうか」と告げると、彼女は遠慮がちに「……いいですか?助かります」と答えた。

 暗闇に煌々と輝くクリーニング店は無人だが、どうやら有料会員限定で、深夜でも仕上がった衣類の引き取りができるらしい。彼女は小走りで店内に入っていくと、手馴れた様子で複数の袋を腕の中に抱え、車内に戻ってきた。ありがとうございましたという声にいいえと返しながら、じっとその袋を見つめてしまった。彼女は私の視線に少し緊張したように、遠ざけるように袋を抱き締め俯く。

「……フォーマルウェアですか。そんなにたくさん」

 彼女は一瞬躊躇したように動きを止めたが、やがて諦めたようにこくりと頷く。誰かの預かり物かとも思ったが、彼女は「はい、全てわたしのものです」と先読みしたように口を開いた。常に、高専の職員に似つかわしくない、明るい色の服装で出勤する彼女のブラックフォーマルな装いを、全く目にしたことがないわけではない。彼女の仕事の中には、高専の任務の中で命を落とした関係者や被害者遺族への弔問も含まれる。

「過去に何度か、クリーニングの受け取りが間に合わず買い足すうちに増えちゃって。無計画ですよね」

 自分自身への呆れを滲ませながら彼女が笑う。私は何も言えずに動きを止めた。それほどまでに連日、彼女が涙を流した日々があったのか。いつでも笑って、明るい服と明るい笑顔で、高専で「おかえりなさい!」と出迎えてくれる彼女の姿ばかりが目の裏に浮かぶ。高専に黒スーツの職員が多いのは、頻度の多い弔問や墓参りに効率が良いからだ。彼女はそんな暗い日常の風景に抗っていた。健気に、一人で。彼女の家とは反対方向に、私はハンドルを切った。七海さん?と尋ねる声を遮る。

「少しドライブに付き合ってください。今、あなたを一人にしたくない」

 彼女が唇を引き結び、瞳を潤ませるのが視界の端に映った。
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