「狗巻くん、おはよう」

 わたしの言葉に狗巻くんが顔を上げ、ほんの少し会釈をする。今日は寒いね、と続けると彼はこくりと頷いた。わたしは自動販売機の前で飲み物を買おうと思案していたところで、偶然通りかかった狗巻くんと朝の挨拶を交わす、そんな場面だった。狗巻くんは人差し指を自分の口元に向けて指すと、その形のままわたしの目を見て僅かに首を傾げる。わたしは「これ?」と彼の真似をして自身の指を口許に向けた。狗巻くんが再度頷く。わたしの指の先には白いマスク。わたしは眉を八の字に下げて苦笑いを浮かべた。

「花粉症でね。今日は鼻水がひどくて見苦しいからマスクなの」

 狗巻くんは心配の色を表情に映し「しゃけ」と呟いた。彼なりの合点がいった、という思いと気遣いを受け取り、わたしは嬉しくて笑顔になる。「毎年のことだから大丈夫だよ、ありがとう」と口に出しながら、わたしは自販機に向き直り、緑茶のペットボトルの下の赤く点灯するボタンを押した。音を立ててペットボトルが取り出し口に落ちた。続けてお釣りが出る軽い音を聞き届けながら、ふと正面に顔を向けると未だに赤く点灯したままのボタンが並ぶ。わたしが「あれ? おかしいな」と呟くと、隣の狗巻くんが一歩自販機に近付き、お金の投入口の横の液晶画面をつんつんと指差した。4つ並んだ8の文字はゾロ目、いわゆる『当たり』だ。キラキラと輝く彼の瞳と、あまりお目にかかれない幸運に気付いたわたしは大層嬉しくなり「えっ!? すごーい!」と歓声を上げた。狗巻くんがまるでお祝いを伝えるように目を細めて笑う。わたしは「い、狗巻くん!やったー!」と言いながら、彼に手のひらを向けて両手を出した。狗巻くんは一瞬動きを止めたがすぐにわたしの行動の意味に気付き、同じように両手を差し出した。パチンとハイタッチを交わす。

「当たりは狗巻くんにあげる。好きなの選んで!」

 狗巻くんはすかさず首を横に振るが、遠慮しないでとわたしも譲らない。やがて根負けした彼は自販機に向き合い吟味を始めた。ホットのはちみつレモンを指差しながら彼はわたしを見た。嬉しそうな表情に、わたしもつられて笑う。

「狗巻くん、口を隠してても表情がよくわかるね。目が優しいんだね」

 取り出し口の緑茶とはちみつレモンを手に取りながら、狗巻くんはわたしの言葉に同意し難いように僅かに首を傾げる。

「わたし、今日は朝から五条さんにも伊地知さんにも『怒ってるの?』って言われたよ。マスクで表情が隠れちゃうから、真顔だと怖いんだって。だからなるべく笑うようにしようと思って」

 あはは、とマスクの下で笑ってみる。狗巻くんはうんうんと頷く。その視線からは、やはり気遣いと優しさを感じた。彼ははちみつレモンのボトルを受け取りながらわたしの手首を握って、手のひらに指で文字を書いた。「ありがと」。どういたしましてと伝えると、彼はまた笑った。
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