生徒用の昇降口と職員通用口のだいたい中間に位置する場所に、自動販売機が並ぶ共用スペースがある。午前中から真夏日予報が出る程の暑い日だったので、私は冷たい飲み物を求めてその場所に立っていた。不意に話し声が聞こえ、顔を上げる。

「それでその時に……あ、七海さん。 お疲れ様です」

 昇降口方面から現れたのは、同僚の女性補助監督と一人の男子学生だった。タオル地のハンカチで首筋を拭う彼女は反対の手でジャケットと思しき布を掴んでいる。学生は一年生の伏黒くんだった。全身黒の学生服はいかにも暑そうだが、涼しい表情を崩さない。対称的な二人だと思った。

「こんにちは、七海さん。お疲れ様です」
「こんにちは、お疲れ様です、二人とも」

 伏黒くんは律儀に少し頭を下げるように傾け、直後に元の体勢に戻る。再度近くなった目線が向く先は私の手の中の赤い円柱だった。伏し目がちな両目が少々驚いたように開かれる。その様は年相応に思えた。

「七海さん、コーラ、飲むんですか」

 彼の言葉で初めて気付いたのか、横に立つ彼女も視線をそこへ向ける。ぱちぱちと二度まばたきをした。

「いいえ。間違えました」

 それを聞くと彼女は自販機に視線を移して、小さく笑みを浮かべた。「一段違いますね」。伏黒くんは同じ場所に視線を向けてやや不思議そうな顔をしている。

「ほら。缶コーヒーの上がコーラだよ」

 ああ、と合点がいったように伏黒くんは平時の無表情に戻りつつ、やはり形容しがたい色を宿したまま。私はなんとなくその心情に察しをつけながら、それを言葉にすることはしなかった。

「伏黒くん、飲みますか」
「あ……ええと……」
「嫌いなら無理しなくて良いですよ」

 そんな会話をしながら、私の後方で自販機が稼働している。先の同僚がすたすたと自販機の前に歩み出て買い物をしていた。その手の中には、コーラの一段下のボタンを押すと出てくる缶コーヒーがあった。それも二本。

「七海さん、一本交換しましょう。伏黒くんもどうぞ。はい」

 言うと、彼女は伏黒くんの胸の前に黒い缶をついと突きつけた。無糖が好きだよねと楽しそうに一言添えて。彼は無言で受け取った後、ありがとうございますと言って頬を緩めた。
 次に私と向き合った彼女は、伏黒くんにしたような無遠慮な距離感ではない場所から、黒い缶を手に載せて寄越した。私はそれを受け取り、代わりに赤い缶を手の中に置く。

「貴女も、無糖のコーヒーが好きでしょうに」
「実は、わりとコーラも好きです」
「……それなら。ありがとうございます」

 伏黒くんは缶を握りしめたまま、やがてグラウンドの方へ視線を向けた。聡明な彼がある種、思考を放棄した瞬間だと思った。なんというか、平和でくだらなかった。得てして血なまぐさい呪霊祓除の任務を終えてきた人間にとって、この空間は甘ったるい。コーラが好きとうそぶく彼女も、コーヒーは無糖派だと私は知っている。
 その後、今日の任務の話を聞かせてほしいという私の誘いに乗った二人と並んでベンチに座った。プルタブの上がる音が鳴る。

「久しぶりに飲むとやっぱり美味しいです。甘い!」

 彼女のはしゃぐ声が心地良かった。首筋の汗が引いたことに気付く。

「夏のコーラが美味しいのは、私もわかります。冷たくて、確かに甘い」
「わ。なんだか新鮮な発言ですね」
「ええ。昔はよく買っていたので」
「……交換、余計なお世話でしたか」

 笑みを引っ込めた彼女の目を見て私は首を横に振る。夏は甘くて、同時に苦い。コーラの缶を彼女が手にする姿は、この記憶は、今後の私にとって確実に光る思い出になってゆく。
 生きているならば、絶対にその方が良いだろう。生きているならば。生きてゆくならば。
≪back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -