ホットコーヒーの入ったマグを手に取ると、冷たい指先にじわりと熱が移って心地が良かった。白く立ちのぼる湯気を眺めていると、ここ数日で急に寒くなったことを改めて感じる。
今朝家を出た時は、それ程寒さを感じなかった。駅ですれ違う人々はまだ初秋どころか夏の装いの人も見受けられる程で、ニットカーディガンを着ていた自分は暑苦しく見えているのではないかと不安になった。しかし高専は違った。冬は雪に埋まる土地柄、東京のビル街とは別世界と考えるべきだった。
「なんか、お地蔵様みたいだね」
けらけらと笑いながら、わたしの姿を見てそう表現したのは五条さんだ。
わたしは首に狗巻くんのネックウォーマー、肩に真希ちゃんのストール、膝にパンダ柄のブランケットをかけた姿で、五条さんの顔を見上げた。
午前中に事務室に立ち寄った二年生たち三人は、デスクで寒がっているわたしの様子を見かねて、昼休みにわざわざ寮に戻り防寒アイテムを見繕ってきたという。
午後の任務に出る前に再び揃ってわたしの前に現れた彼らは、無言で各々の私物をわたしの身体に装着して、さっさと事務室を出ていった。残されたわたしは五条さんの言う通り、笠地蔵の様相である。
「暖房をつけてはどうですか」
五分後に事務室に現れたのは、遅めの昼休憩を取るためにやってきた七海さんだった。開口一番そう言われ、わたしは苦笑する。
「お気遣いありがとうございます。でも、この格好でちょうど良いです」
「いや、笠が足りないよね。あと、赤いの巻かないと」
「笠地蔵にしないでください」
五条さんのくだらない提案を跳ね除けながら、わたしは鼻まで覆い隠すネックウォーマーに指をかけて、下に引っ張った。
狗巻くんが一年次に使っていたグレーのそれは、防寒というよりは口許を隠すことが主な使途であるために、わたしには少し大きかった。すかすかと開いた隙間に冷たい空気の侵入を許してしまい、わたしは小さくくしゃみをした。
言ったそばから自らの発言を覆す失態を晒し、五条さんは笑い、七海さんは呆れた。
「無理しないで暖房つけたら? 今日は本当に寒いしさ」
「……そうしようと思います……」
五条さんの存外優しい声音に癒されたわたしは、素直にお礼を告げて席を立った。事務室の入口横に備え付けられているエアコンのスイッチに向かおうとしたのだが、長い脚でさっさとそこに向かった七海さんが、一足先に電源を押下した。直後、音を立てて天井のエアコンが起動した。
「あっ、七海さん、ありがとうございます」
いいえ、という想い人の短い返事があって、わたしは口許を緩めた。
わたし自身は朝から間抜けな失態を見せ続けてきたのに、周囲の人は揃って優しさを体現してくれる。今日はそんな日だ。
七海さんはわたしの嬉しそうな表情の理由がいまいち理解できないといった様子で、静かに息を吐きつつ、再びわたしのデスクの前に戻ってきた。
「……あなたは暖房で快適でも、私は暑いので」
「そ、そうですよねっ……」
「隣の教室で昼食を摂ります。しばらく預かっていてもらえますか」
その言葉と同時にわたしの肩にばさりと掛けられたのは、七海さんが常に着用しているスーツのジャケットだった。
直後にずり落ちそうになったので、わたしは慌てて両手で受け止める。ぬくもりといい香りを同時に感じて、一気に体温が上がった。
五条さんが隣でからかうようなことを言っていたけど、わたしは何も言葉を返す余裕がなかった。
着席して手に取ったマグの中身はすっかり冷めていたけれど、のぼせ上がった今のわたしにはちょうど良いと思った。