雪だ!とはしゃぐ子どもの声が耳に届く。あの子に小さな長靴を履かせたのは、隣に並ぶ母親と思しき女性だろうか。
 積もることなく歩道を濡らす雪の粒は、絶えず解けて水溜まりを作っていく。ロマンチックな景色とは程遠いそれに、女性は「転ぶと危ないから走らないの」と叱りつけながらも、どこか嬉しそうな表情をしていた。

「雪だ…………」

 同じ台詞がここまで絶望的な響きを持つものだろうか。そんなことを考えながら、事務室の窓に張り付く補助監督女性に歩み寄る。
 彼女は私の存在に気付くと、振り返って笑顔を浮かべた。

「七海さん。おかえりなさい、任務お疲れ様です」
「お疲れ様です。こちら報告書です、お願いします」
「お疲れ様っス! わ、高専の中庭は積もってますねえ」

 私の後ろから現れた新田さんが、目の前の彼女の隣に並び窓の外へ視線を向けた。
 窓の外の中庭は、まるで粉砂糖を振るいにかけたように、真っ白な雪景色が広がっている。

「新田さんも同行お疲れ様。寒かったでしょ」
「今日は本当に寒いっス。最高気温三度ですって。ていうか、室内なのにその格好!」
「はは、ごめんね寒がりで……」

 指摘されて、彼女は笑顔のまま眉を八の字に下げた。肩にかけた大判のストールに加え、膝下はレッグウォーマーを着用している。愛用の膝掛けは、今は彼女の席の背もたれに置かれているようだ。
 不意に新田さんの手が、思いついたかのように彼女の両手を掴む。直後、驚いたような声が続いた。

「わーっ、手、冷たい! 水仕事でもしてました!?」
「してない、してない。冷え性なんだ。新田さんの手はあったかいね」
「普通だと思うっス。七海さんは? 寒がりなほうですか?」
「いえ、それほどでは」

 ふーん、と呟く新田さんの目の前に、思いつきで右手を差し出してみる。
 新田さんは「あっ、じゃあ失礼しますっス」と、特に臆することもなく私の手のひらに彼女のそれを合わせた。

「あったかいっスね」

 そう感想を漏らす新田さんに「普通でしょう」と返しながら、正面に立つ補助監督の彼女にも手を差し出す。
 目を見開き仰天した表情の彼女の手が、どぎまぎした様子で伸びてくる。あったかいでしょ?と新田さんが無邪気に尋ねる。

「……緊張してよくわかりません……」

 彼女の手は確かに冷たかった。しかし、触れている指先から、私の手のひらの温度が、急速に彼女の身体全体に移ってゆくように、その頬や首筋まで赤く色が宿る。
 穏やかで平和そのものの事務室の中、彼女と私との間にだけ、何か少々様子の違う空気が流れるのを感じた。手を引くタイミングもわからない。柄にもないことはするものではないと察しつつ、正面の彼女の困ったような表情から、目を離せないと思ってしまった。
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