後部座席から、花火だ!という元気な声が聞こえてきた。
 え、どこ?と反応したわたしに、虎杖くんは助手席のヘッドレストに腕を回しながら窓の外を指差して言葉を続ける。

「あそこの高いビルんとこ! あー、けど隠れちった」

 赤信号で停車した高専所有車の運転席から、彼の人差し指が向く先を視線で追いかける。高層マンションの陰から、辛うじてカラフルな光が見えるものの、その全貌はわからない。

「今日、花火大会なんてあったんだね。いいなぁ、行きたかったな」

 ラジオの音量を下げると、花火が打ち上がる音が耳に届いた。
 わたしにとって、これが今年の初花火。花弁の一枚も満足に見えなかったことを少し残念に思っていると、背後から虎杖くんがニコニコ笑顔でわたしの肩を叩いた。

「ねぇ、見て見て。ギリ撮れたよ」

 彼が腕を伸ばしてわたしの眼前にスマホの画面を提示した。言われるがままに画面に視線を向けると、ほんの五秒程度ではあるが、一輪の花火が夜空に咲く動画が流れた。

「え! いつの間に!? すごい反射神経……」
「や、ちょうどスマホ持ってたからさ。送ろっか?」
「うん! 後でちゃんと見たいから、お願い」

 そこでちょうど信号が青に変わり、車を前進させた。
 視線の先にコンビニの灯りが見え、虎杖くんが寄ってもいいかと尋ねたのでわたしは頷き、駐車場に進入した。
 すぐ戻りまっす!と律儀に告げ、後部座席から出ていく背中を見送りながら、わたしはスマホを取り出す。虎杖くんから動画が届いていたので、早速再生ボタンをタップした。
 花火の音に混じって、あぁ隠れちゃった、という残念そうな声も入っていて、わたしは自然と笑顔になる。そして、ふと思い立ち、わたしはメッセージアプリの“共有”のボタンと、ある人の名前をタップした。
 画面を消して、スマホをバッグに入れようとしたその瞬間、手に伝わる振動に驚いた。再度画面を見ると、たった今動画を送った相手からの着信を報せている。

「な、七海さん。お疲れ様です」
『お疲れ様です。動画、観ましたよ』
「うっ、すみません……業務中に……」
『このくらいで目くじらを立てはしませんが、後ろめたいなら控えてくださいね』

 整然と諭され、返す言葉もない。受話口から流れてくる七海さんの声音は内容通り穏やかで、むしろほんの少しだけ、楽しそうにも聞こえた。

「送迎中の生徒が撮ってくれたんですよ。花火、綺麗ですね」
『そうでしたか。私も直接は見れなかったので、動画、ありがとうございます』
「そんな、勝手に送ったのにお礼なんて。こちらこそ、わざわざお電話ありがとうございます」

 どうやら、思ったより七海さんも花火を楽しんでくれたようだ。
 虎杖くんにお礼を言わなくちゃ、と心で小さく決意を固めていると、七海さんが再度言葉を続けた。

『よかったら、見に行きましょう。やはり直接見たいので』

 スマホを耳に当てたまま、わたしは固まった。
 色々と、言葉と情報が足りない気がして、でも明らかに、それ以外に捉えようのない言葉だ。あのそれは、と返す言葉がしどろもどろになる。
 七海さんは、少しだけ声を潜めて、最後に一言付け足した。
 やがて切れた通話に、早鐘を打つ心臓が置いてけぼりになる。打ち上げ花火のように、甘い声の余韻と残響が消えなかった。

『花火を一緒に見に行きましょうと、お誘いしています。良い返事をお待ちしていますね』
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