「おはようございます、七海さん。出張お疲れ様でした」

 心に回った毒を吐き出す手段――二日前、北海道出張の折に五条さんが口にしたその短くはないキーワードを、馴染みの補助監督女性の挨拶の言葉を聞いて想起するとは、我ながら複雑な気持ちだった。
 おはようございますと普段通りの声音で伝えながら、頭から雑念を振り落とす。顔を背けるついでに、手に提げていた紙袋の中身を、彼女の眼前に差し出した。

「えっ? ……あ! 三方六! 美味しいですよね、これ」
「そうですか。五条さんに薦められて購入したのですが、私は食べたことがなく」
「じゃあ、五条さんにお渡しすれば良いですか?」
「違います、それはあなたに、です」
「え? あ、ありがとうございます。じゃあ職員室のみんなで……」
「いえ。ですから、それはあなたのために」

 途端に時が止まったような顔をした彼女に、他の教職員には別のものを買ってあり、既に新田さんに渡してあると伝えた。
 もはや、鈍感な彼女への駄目押しと言って良い。
 彼女はそこまで聞き、やっと自分だけのための贈り物であることを察した様子で、動揺に頬を紅潮させた。が、次の瞬間にはぱっと笑顔を浮かべて、菓子の箱に落ちていた視線を私へと向けた。

「嬉しいです! 七海さん、今から一緒に食べませんか? コーヒー入れますから」

 それは、教職員の任務スケジュールを把握している彼女だからこそ出た誘いの言葉だったのかもしれない。
 小さな箱を大切に手に載せて、瞳を輝かせて私の顔を見上げる彼女が、気遣いを欠かさない性格であることは知っている。

「私は、一人分を買ったつもりだったのですが」
「半分にカットしますので、よかったら。一緒に食べたら、二倍美味しいですよ」

 どうやら、その誘いは気遣いでも社交辞令でもなさそうだ。最も、気を遣わせまいと考えた結果ではあるのかもしれない。
 すぐに返事を寄越さない私に、彼女はぱちぱちと瞬きを繰り返した後、言った。

「……五条さんの分も切り分けておくべきでしょうか……」
「それなら私が頂きます。あの人、自分と受け持ちの生徒の分を山ほど買っていましたので」
「あ、出張、ご一緒でしたっけ。五条さん、甘いお菓子の事なら抜かりないですもんね」

 にっこりと呑気に微笑む彼女の顔を眺めていたら、今回の出張で蓄えた“毒”が昇華されていくような、そんな感覚になった。
 コーヒーはブラックで良いですよねと私に対して言葉を続けながら、職員室を出て給湯室に向かおうと歩を進める彼女の背中を追いかける。
 大方がそうであるように、今回も気分の良い任務内容ではなかったが、今はもう、戻る先には彼女がいる。
 甘いものは苦手と言う私に、返す言葉で旨いだろと宣う先輩呪術師。ノンアルカクテルの味と生徒の監督という依頼事項については丸め込まれてやろうという気持ちの裏で――薦められたのではない、選んだのは私だと反抗する。他でもない、彼女のことだけは。
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