呪術高専東京校の応接室は、昼時は教職員の昼休憩スポットでもある。
 引き戸をノックすると、中から「はーい」と間延びした男性の声が聞こえてきた。先客がいたらしい。

「あれ、先生だ。お疲れ様っす」

 先客は猪野さんだった。愛想良く歯を見せて笑う彼に、わたしは「お疲れ様です」と答えて後ろ手で引き戸を閉める。
 向かって左側の、来客用の黒い合皮のソファに座ったまま、彼は「休憩ですか?」とわたしに尋ねた。

「はい。ここいいですか?」
「もちろん、どうぞ」
「ありがとうございます」
「や、別に俺の部屋じゃないんで」

 ソファの右端、彼の正面あたりにわたしは腰を下ろした。
 猪野さんはローテーブルに乱雑に置いた財布やキーケースを自身の方へ引き寄せつつ、ふいにわたしの挙動に目が留まったようで顔を上げた。

「お弁当?自分で作ってるんすか」

 わたしがテーブルに置いた花柄の風呂敷包みを指さして猪野さんは問う。わたしははいと答えた。なぜか彼の興味をそそったようで、好奇心旺盛なその視線はわたしのランチボックスから動かない。
 なんとなく気恥ずかしさを覚え、わたしは伸ばしかけた手を引っ込め、そのまま意味もなくサブバッグの中を漁る。

「食べないの?」
「食べますけど……」
「見たいっす。興味あります」

 猪野さんは首を傾げた後にわたしの両目を見つめる。ストレートな言い方にどぎまぎしてしまった。
 次の行動の正解がわからないものの、もう遅かれ早かれだと覚悟を決めて、わたしは包みを開いた。現れたのは、使い捨てのプラスチック容器にお行儀よく収まったサンドイッチが三つ。

「大したものじゃないので」

 だからあんまり見ないでほしいと、言外に伝えたつもりだった。
 しかし猪野さんはきらきらと目を輝かせてサンドイッチを見て、そしてわたしを見た。

「美味そう! ハムとたまご? こっちは苺だ」
「友達に苺をもらったから、週末にジャムを……」
「すげえ」

 猪野さんは何がそんなに楽しいのか、わたしより嬉しそうにサンドイッチを見つめていた。
 わたしが食事を始められないでいることに気付いた猪野さんは、ハッとしたように食い気味に乗り出していた上体を起こして、へらりと微笑んで見せた。

「……よかったら食べます?」
「いーんすか!?」

 遠慮がない反応が可愛らしく、いっそ清々しいと感じてわたしは頷く。
 どれがいいですかと尋ねると、たまごサンドを指さしたのでわたしは拍子抜けした。苺じゃないんですかと訊いてみた。

「苺も惜しいけど、たまごサンドってこだわり出ません?」
「ちょっとわかります。あ、じゃあ両方半分こしますか」
「マジすか? けど先生の分減っちゃうよね。あ、カロリーメイト食います? 釣り合ってなくて悪いけど」
「いいんですか?」
「我儘言ってんの俺だし、当たり前でしょ」

 猪野さんはご機嫌そうにわたしの手元に視線を注ぎ続けていた。
 やがてその視線はやや上に向かい、ラップに包んだままのサンドイッチを慎重に半分に千切るわたしの神経質な表情を見つめていたことを、彼の「まじめな顔すね!」という指摘で自覚することになる。
 照れるからやめてほしいと思ったけれど、猪野さんは大層楽しそうだったので、わたしもつられて笑った。
 直後に目が合った彼が少しだけ真面目な顔をしていた理由を、わたしは未だに知らない。
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