尋常でない大雨に、わたしと七海さんは高専で足止めを食っていた。任務後の夕方のことだった。
 ある日、わたしは都内某所で調査任務に当たる七海さんに同行した。調査結果は補助監督用のタブレット端末から専用アプリに反映、リアルタイムで上に報告。今回の任務はこのアプリの使い勝手の報告も指示されており、補助監督の同行任務の効率化や業務改善も視野に入っていたため、わたしが同行する運びとなった。
 七海さんは効率重視で任務を進めてはいたが、それほど危険度の高くない案件ということもあり、「そこそこでいきましょう」という方針を予め宣言していた。一級術師にとって、気を緩められる任務は貴重なのだろうと察する。わたしはそうしましょうと同調した。
 任務自体は滞りなく終了したが、帰路に着く直前の空模様が急に怪しくなった。わたしたちが車に乗り込んだ瞬間、叩きつけるような激しい雨が降り始め、わたしは思わず目を白黒させた。

「……乗った後でラッキーでしたね……」

 そんな感想しか出てこず、言いながら七海さんを振り返ると、そうですねと返事があった。

 冒頭に戻る。これはもう台風レベルの風雨だと思う。
 時刻は十九時を少し過ぎており、七海さんとわたしが高専に戻った時点で、既に事務室は無人だった。電車が止まる可能性があるため、業務に片が付いたら速やかに帰宅するようにという夜蛾学長の一斉メッセージが、高専教職員用のチャットに入っていた。校長先生みたいなことをするなぁなんて考えたが、ここは学校で彼は学長なので、遠からずではある。

「電車、動いていますか。帰れそうですか」

 七海さんが、荷物をまとめながらわたしに尋ねた。
 スマホで調べると、わたしの帰宅経路上には『大雨のため運転見合わせ』の区間が発生していた。窓の外に目を向けると、相変わらず横殴りの雨。七海さんも駅まで歩かなければならないが、もはやその気力がないのか、わたしに気を遣っているのか、その場を動く気配がない。幸い、天気予報ではあと半刻もすれば雨は上がり、電車の運転再開も見込めそうである。

「では、雨足が落ち着くまで待ちましょうか。今日の報告も済ませましょう」

 七海さんの提案に、わたしははいと答える。並んでタブレット端末の画面を眺めながら、七海さんの任務の報告事項を打ち込んでいく。
 業務上の会話と雨風の音だけが、広い事務室の中の、わたしたち二人分の空間に落ちて消える。その他には何の音もなかった。
 外が徐々に夜の闇に染まりゆく中、最小限に落とした蛍光灯の光だけが、わたしたちのよすがだった。

「なんだか、世界に二人だけになっちゃったみたいですね」

 そう口にしてから、なんだかひどく恥ずかしいことを口走った気になり、「って、それじゃ困りますけど」と付け加える。わたしの少し後方にいる七海さんの表情は、怖くて確認できなかった。一拍置いて、七海さんが口を開いた。

「もしそうだとしたら、私は、晴れた日の昼が良いですね。できれば休日の」

 わたしはぴたりと指の動きを止める。どくんどくんと胸の中で心臓が暴れ出す。この音が雨風に隠れてよかった、そう思った。
≪back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -