こんな仕事、やりたい人がいるわけがない。それが彼女の口癖だった。
 都立呪術高専、補助監督――というより、彼女の役割は主に事務方だ。彼女は高専の生徒だった頃から、いつだって呪霊に怯えていた。見えるからだ。非術師であっても視認できる普通の人間や動物と同様に、恐ろしい異形の怨霊が、敵意を向ける呪霊の姿が見える。だが彼女は、どんなにおぞましい異形の存在を前にしても、刀の切っ先を振り下ろすことはできなかったし、銃口を向けることすら不可能だった。呪霊と相対するにはあまりにも心根が一般人であり善人だった。相手を傷つける道具を手にしたところで、彼女はそれを運用することができない。本来それでいいはずだ。一生のうちに拳銃を手にする必要はない。少なくとも、非術師であるならば。人の役に立ちたい、わたしには見えるのだから。武器を振るうことができないのにそう言って再びこの場所に戻ってきた彼女を、善人と呼ばずになんと呼ぶべきなのか。私は未だにわからない。
 事務員というありふれた職種を名乗りながらも、その所属は呪術高専。彼女の仕事の一つが、任務中に死傷した呪術師の家族に連絡を取ることだと知ったのは、彼女が涙を流しながら墓参りをする姿を見た時だった。墓前で両手を合わせ、口唇がごめんなさいと音を紡ぐ。隣に並び手を合わせる私を、彼女は真っ赤に充血した両目で見上げた。

「そんなにつらいなら、辞めたらいい」

 私の言葉に彼女は首を横に振る。その死は彼女のせいではない、おそらく話したこともない、そんな存在のためにどうしてそこまで涙を流せるのか。彼女は言った。

「わたしがやらなかったら、他の誰かがこの仕事をすることになります。遺族に状況を報告し、謝罪し、悲しんで泣く声を聞き、時には死んで当然だ、清々したという恐ろしい言葉も聞きます。それでも、誰かがやらなきゃいけない。誰にも、やらせたくありません。やりたい人がいるわけがない。だからわたしが」

 彼女たち補助監督が前線に立たない存在だなんて、私たち呪術師の傲慢だ。刃を振り下ろす私は、彼女を恐怖や怪我のリスクから守っている――なんて、思い上がりも甚だしい。毎日、誰かが恐ろしい呪いによって死ぬこの世界で、彼女はどこかで生きている人間に、心を殺され続けている。涙を拭う手があっても、彼女の心にふれる方法を私は知らない。

「七海さんは、負けないでくださいね」

 そう呟く彼女の涙の跡に思わず手をふれた。彼女の涙を止めたいのに、ますます勢いを増すのは何故なのか。
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