「電車……行っちゃいましたね」
「そうですね」

 ため息がハモった。あまり嬉しくない偶然だと思った。
 夏休み期間の一度目の任務は、地方都市での呪霊祓除だった。七海さん一人で難なくこなせる内容ではあるが、まだ高専一年生のわたしは経験を積むため、同行を申し出たのだった。任務そのものは滞りなく終了したものの、帰路で思わぬ足止めを食った。電光掲示板のないローカル線の無人駅で、一本電車を逃すことがどれだけ命取りか、田舎出身のわたしはよく知っている。聡明で、なんでも知っているように思える七海さんは、そのあたりはよく知らないようだった。色褪せた石壁に貼られた時刻表が指し示す次の上り電車は、夕方四時台にも関わらず終電の一本前という有様。まぁ、そんなものだと思う。対して、隣に並んで時刻表を見上げる七海さんは、眉間の皺を深く刻んでいる。

「あと一時間半、ここで時間を潰せと」

 七海さんが二度目のため息とともに独り言ちる。目の前にはうっそりと木々が生い茂る、薄暗い森。人気のないホームにお気持ち程度に置かれた苔むした木のベンチが、とてもありがたく思える。七海さんは迷いなくそこに腰を下ろすと、鞄から文庫本を取り出した。いくらか薄くなった眉間の皺を見るに、無事に時間は潰せそうな様子だ。

「ちょっと辺りを歩いてきていいですか」

 七海さんは顔を上げることもせず、お好きにどうぞと言った。わたしは行ってきますと言い残し、目的地から駅まで歩いて来た道を早足で引き返し始めた。先刻、脚の長い七海さんがさっさと目の前を通り過ぎて行った、小さな入口を構える木造のお店。わたしは七海さんの背中を追いかけるのに必死だったものの、なんとなく一瞥して察した。近くに小学校があったから、駄菓子くらいは置いてあるお店なんじゃないかと。無地の暖簾をくぐって中を覗くと、優しそうなおばあさんがわたしに気付いてにこりと笑った。高専の黒い制服を身に纏うわたしを見て、暑そうな格好だねえと第一声。わたしは返事の代わりにあははと笑った。

「オレンジとソーダ、どっちがいいですか?」

 無人駅のホームに戻ってきたわたしが差し出した二つの透明な袋を見て、七海さんは少し驚いた表情を浮かべた。お店があったんですかと尋ねられ、わたしははいと答えた。ぱちぱちと目を瞬かせた後、七海さんは青い方のアイスキャンディーを手に取る。ふいに触れ合った手が熱かった。真夏日だ、無理もない。急いで戻ってきたつもりだったが、灼熱の日差しに晒されていた氷菓を包むビニール袋から、ぽたりと雫が滴った。

「……ありがとうございます、暑かったでしょう」
「お礼を言うのはわたしです。暑い中ひと仕事終えた後じゃないですか」

 この程度で埋め合わせになるとは思わない。大事な任務遂行に加えて、わたしのような後輩のお守りまでさせたのだ。加えてこの暑さに、電車の長い待ち時間。七海さんはアイスを齧りながら、隣に並んで座るわたしにふと視線を向けた。

「いえ、一人で来るより退屈しなかったですよ」
「え?……わたし、なんのお手伝いもできなかったですけど」
「やっと夏らしい体験ができました。今」

 七海さんの顔を見ると、もう彼は前方に視線を向けていて、わたしのそれと交わることはなかった。美しい横顔に似合わず、氷菓を齧るひと口が大きいことを知った瞬間、わたしは急に目眩がしたような気がした。この暑さのせいだろうか。
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