「帰らないんですか。夏休みなのに」

 聞き慣れた低い声音に、わたしは振り返った。自動販売機の前の長椅子に座って、冷たい緑茶のペットボトルに口をつけたままのわたしを、無感情な目で七海さんが見下ろしている。現実に引き戻されるついでに、大音量の蝉の鳴き声も容赦なく耳の中に入り込んでくるようだった。日の下は照り返しが強烈で、暑そうだ。

「……迷っています。中学の時の友達が会おうってメールをくれるんですが、どうせ会ったって、学校の話なんてしようもないし」

 乾いた笑みを向けるわたしに対し、七海さんは眉一つ動かさない。彼は自販機で缶コーヒーを買うと、わたしとの間に二人分程の間隔をあけて腰を下ろした。

「七海さんは帰らないんですか?」

 好奇心から質問を返すと、彼はええ、と短く答えた。しばしの沈黙。以前、七海さんの任務に同行した時、彼は自室ではよく本を読んで過ごすのだと言っていたから、夏休みもそうするのだろうか。
 高専での夏休み期間は、帰省する場合は届出が必要になる。呪霊の発生は不定期で、任務は夏休みだろうが関係がない。それでも学生という立場上、ある程度は配慮してもらえる。だがわたしは、術式も等級も落第生で、単独任務はありえない。落ちこぼれ故に、学生らしい夏休みを謳歌できるというのは皮肉なものだが、それが現実でもある。

「……夏休みは、任務は結構あるんですか?」
「それほど多くはないですよ。高専生でない呪術師が対応しているんでしょうね」

 七海さんの言葉にそうなんですか、といらえをする。それでもやはりゼロではないようだ。夏休みなんて学生にとっては一大イベントだというのに、なかなか世知辛い。

「あなたが任務の経験を積みたいなら、声をかけますが。同行は可能ですし」

 七海さんの言葉に、わたしは少し考えた後彼の顔を見つめ返し、じゃあお願いしますと返事をした。七海さんと一緒なら任務も安心だし、落第生のわたしにとっては願ってもない機会だと思う。だが七海さんは思いの外、嬉しくなさそうな表情を浮かべた。不機嫌というよりは、同情的で心配そうな色を宿している気がした。七海さんの気持ちは常に読みにくいが、彼が優しいことはわかる。

「努力家ですね。あなたの術式は戦闘向きではない、何も夏休みに、わざわざ現場に出なくても」
「部屋に閉じこもっていても成長はないですし、七海さんと一緒なら学べることは多いです。……よろしくお願いします。足を引っ張らないように気をつけます」
「そこは平気でしょう。あなたの結界術は信頼に足る」
「……ありがとうございます。……どんな夏休みになるんだろう」
「学生らしくないのは確かですね。せっかくなので、遠出の際は何かしますか」

 わたしはえ、と反射的に声を漏らした。学生の夏休みの本分はお祭りに海に花火、だったりするのだろうか。七海さんがそういうものに憧れているのか、わたしは知らない。学生らしい夏休みを謳歌したいのだろうか。その時隣にいるのがわたしで良いのか。聞いてみたいと思った。口に出さないと伝わらないのは当然のことだ。わたしは高鳴る胸を抑えながら、七海さんに尋ねた。途端に目をまるくして、少しだけ頬を紅潮させた彼を見た瞬間、わたしの心拍がスピードを増した。
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