月一回の頻度でやってくる京都校出張。補助監督の田辺さんとの情報交換会が、本日最後の仕事だ。廊下で彼と別れ、離れていく背中が角を曲がったところで、わたしは安堵の息を吐いた。
 今日は生徒たちは各々任務に出ているそうだが、そろそろ帰ってくる頃合だろうと、わたしは見知った生徒の姿を探して周囲を見回す。手に提げた紙袋の中には、生徒たちへのお土産のお菓子が入っている。ふと校門の方向から硬質な足音が聞こえ顔を上げた。視線がどこを向いているのか判然としないが、それでも彼は足を止めてくれたので、これ幸いと小走りで近寄る。

「こんにちは!メカ丸くんだよね。わたし、東京校の……」
「東京校の補助監督カ。すまないガ、名前を思い出せなイ」

 急に呼び止めたにも関わらず、物腰の柔らかい返答にわたしは感心してしまい、気にしないでと食い気味に伝えた。ついでに名前を伝えると、彼はわかったと返事を寄越し、何の用かと付け加える。わたしは紙袋を目線の高さまで上げて見せた。

「これ、東京のお菓子。みんなでどうぞ。……メカ丸くんは食べれないのにごめんね」
「よく任される事ダ、気にしないで……くださイ」
「あは、いいよ、敬語じゃなくて」

 気楽に構えてほしいという意図が、目の前の彼に伝わったのかはわからない。表情が変わらないからだ。メカ丸くんは呪骸ではなく、呪術師が遠隔操作を行っているパターンのはず。彼の反応はタイムラグを全く感じさせない。どれほど腕の立つ術師なのだろうかと頭が下がる思いを抱く一方で、その事情に思いを馳せると手放しで賞賛するのは気が引ける。それでいて、心根の優しい子なのだろうと感じる。なんと言ってこの場を締めようか考えていると、メカ丸くんが先に口を開いた。

「そういえバ、聞きたいと思っていたことがあル」
「え、うん。わたしでわかることなら」
「東京校のパンダ、あいつはどうやって外出しているんダ?」

 呪骸は基本的にはぬいぐるみだ。そしてパンダくんは誰の目から見てもパンダ。彼が訊きたいのは、人目につく場所でどうしているのかだろう。

「街に出る時は、パンダくん一人だけを覆う形で結界術をかけて、非術師の目からは人間に見えるようにしてるの。これなら、街中で他の生徒と一緒でも自然だよね」

 メカ丸くんは押し黙ってしまったので、わたしが「説明が下手くそでごめんね」と言ってへらりと笑顔を浮かべると、彼は「いいヤ、よくわかっタ」と言いながら首を縦に振った。金属の擦れる音が鳴る。やはり、彼も何かと苦労しているのだろうと察する。

「結界術が得意な先生や補助監督がいれば、対応できるんじゃないかな」
「そうだナ。ありがとウ、機会を探ってみようと思ウ」
「うん!みんなと外で遊べたら楽しいね。そうだ、東京校に来たら街に遊びに行っておいでよ」

 わたしの言葉に、メカ丸くんははぁ、と微妙な返事をした。おかしな提案をしたつもりはなかったが、何かを察したメカ丸くんは「嫌とかじゃなくテ」と言葉を続けた。

「そんな結界術を使える術師ガ、常に学校にいるわけじゃないだろウ?任務とカ」
「あ、ううん、それやってるのわたしなの。万年事務室勤務です」

 メカ丸くんはまた少し沈黙した後、動くことのない硬質な唇から「……アンタが京都校にいたらよかったのニ」とぽつり呟いた。拗ねたような年相応の声音に、わたしはすっかりハートを撃ち抜かれてしまった。若人から青春を奪う権利は誰にもない。誰かさんの信念が頭に響いた。
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